地域医療を学ぶなら佐渡へ
多職種協働の充実で全国に先駆ける
日本海に浮かぶ国内最大の離島、佐渡島(新潟県佐渡市)。
この島で、地方に適した医療・介護の提供体制のモデルを示そうと、関係者の奮闘が続いている。
その輪の中心となっている佐渡総合病院・佐藤賢治院長は語る。
「チーム全体のパフォーマンスが高まると、医師をはじめ、各職種が自らの専門性・能力を発揮できる。『協働』がなければタコつぼにこもり、コミュニケーションを失う。能力は発揮できない」
【関連記事】
佐渡島は新潟港からジェットフォイル(水中翼船)で約1時間、東京から新幹線を乗り継いでも、最短3時間半でアクセスできる。朱鷺(トキ)が舞う豊かな自然、気候に恵まれ、独自の歴史・文化を育んできた島には、約5万5000人が暮らす。最近では、雑誌の特集で「移住しやすい街」で高評価を得るなど、Uターン、Iターン希望者からも注目されている。
※AERA厳選「移住しやすい街」110(AERA 2015年9月14日号)では、「子育て世代(向け)」「高齢者(向け)」の両方で、最高位の三ツ星と評価された(同様の評価は110自治体中、6自治体のみ)。
佐藤賢治院長は23年間、地域医療を変えようと奮闘してきた
佐渡総合病院は、急性期病院として島内の医療の中核を担ってきた。佐藤院長は、30代半ばで大学医局の派遣医師として佐渡に着任。当初は、半年間の期限付きだったが、他の医師が任期を終えて帰っていく中、縁を感じ、ここに残ろうと決めた。以来23年間、地域医療の在り方を変えようとしてきた。
佐藤院長は周囲に「俺たちは大それたことをやろうとしている」と話す。全国に先駆けて、地方に適した医療提供体制のモデルを示し、このモデルの実現のため、「地域医療を学ぶなら佐渡へ」と銘打ち、全国から医師をはじめ、多くの医療人が集まる未来を描いている。
佐藤院長は、現在の医療・介護は機能分担が進むことで、むしろ「分断」を来し、従事者同士が「協働」から遠ざかっていると感じてきた。しかし、佐渡を含む地方では、関係者同士が協力を深めることが、提供体制の効率化、そして住民の生活を支える上でも、不可欠だと確信している。「関係者がお互いの強みを持ち寄りながら、コラボレーションすることが、ますます求められている」と訴える。
■島全体で「途切れることのない機能分担」を
関係者が互いの強みを持ち寄り協働する体制。この構想を実現するため、まず着手したのが情報の共有化だ。
2013年からスタートした地域連携ネットワーク「さどひまわりネット」は、島内の病院、診療所、介護事業所、訪問看護ステーション、歯科診療所、保険薬局などをICTネットワークで結び、参加施設が双方向で患者情報を共有できるようになった。
「さどひまわりネット」は、佐藤院長をはじめ、島内の関係者が現場の視点で議論を尽くした上で、システムベンダーに開発を依頼した。電子カルテはもとより、検査システム、薬局システムなどからも、情報を自動収集できる機能を持たせ、幅広い施設との連携を可能にし、施設間の円滑なやりとりを促すコミュニケーションツールも整備した。また、患者情報に加えて、健康診断情報も共有され、多職種協働だけでなく、住民に対する医療の早期介入、予防や健康管理などに応用できる。状態が悪くなる前に、関係者につなげられるようにするのも、重要なコンセプトの一つだ。
現在では、島内の78の施設、人口の3割近い1万5000人の住民が登録する大ネットワークとなっている。
島の関係者が一体となって、これからの医療・介護体制を考える。この取り組みは着々と進んでいる。
今年3月に設立した「佐渡地域医療・介護・福祉提供体制協議会」には、佐渡の行政関係者、病院、医師会、歯科医師会、薬剤師会、新潟県看護協会佐渡支部、介護事業所、福祉事務所などが集まり、島の行政・医療・介護・福祉を一つに結ぶための方策を話し合っている。
協議会の取り組みの一つが、研修プログラムの企画・運営だ。
研修は職種ごとに行うが、看護師の場合、病院、診療所、介護施設、訪問看護ステーションなど、施設形態を問わず共通する「看護の実践力」を評価の軸に据える。その上で、本人の希望と実践力を考慮しながら、例えば急性期病院の看護師が訪問看護ステーションで研修したり、訪問看護師が急性期病院の病棟で学べたりするなど、柔軟な研修体制を目指している。
このような交流は、地域の患者や高齢者を支えていく方法の共有にもつながる。病院の看護師が在宅での生活を意識したり、患者の状態が変化したりした場合、訪問看護師が病院と相談しやすくなるなどの効果も生む。
予防や早期介入について学べば、患者のADLの悪化を防いだり、入院の頻度を下げたり、期間を短縮したりすることにもつながるだろう。求めるのは、島全体での「途切れることのない機能分担」だ。
■コメディカルとの協働で医師の仕事に集中できる
コメディカルの質が高まれば、医師の仕事も変わる。
複数の職種が患者の管理に注力すると、その分医師の負担は減っていき、医師にしかできない仕事に集中できるようになる。また、例えば看護師同士のネットワークが充実することで、主治医の指示・方針や患者への指導内容が今まで以上に地域に伝わりやすくなる。それに伴って、治療効果や予防効果も高まっていくだろう。
佐藤院長も、これまで看護師のレベルアップを応援してきた。自院の看護師は、患者の状態の安定に大きく寄与しており、「夜中に電話が来ることは、よほどのことだ」として高く評価する。パフォーマンスが高いため、医師にかかる負荷が分散されているのだ。
佐渡総合病院も、患者の来院を待つだけでなく、積極的に地域に出ることを検討中だ。医師や看護師が特別養護老人ホームなどを訪問することで、施設側は通院の負担を軽減できるだけでなく、重症化の予防も期待できる。結果的に同院の負担軽減となり、救急受け入れに余裕を生む。
待ちの姿勢では負担は減らない。佐藤院長は、院内でも積極的な業務の“棚卸し”や他職種とのコラボレーションを現場に促している。
紡(つむぐ)―。今年の正月、佐藤院長自ら大筆を振るい、書き初めをした文字だ。職員の寄せ書きがこれを取り囲む。
島内の人の和を紡いでいく中で生み出されたものは、既に花を咲かせている。「さどひまわりネット」は、そのコンセプト、機能、使い勝手が評価され、全国で利用が広がっており、佐渡モデルの有効性を立証している。
佐藤院長は、若い医師たちに、「基礎の部分を固めていなければ専門も強くならない。自身の専門技術を発揮しつつ、周辺の部分の足元を固めに来てほしい」と話す。
そして、働き盛りの医師も、得意分野を生かしつつ、新たな地域医療モデルの確立に力を貸してほしいと訴える。
地域医療に関心のある医師ならば、きっと佐渡で充実した時間を過ごせるだろう。
佐藤院長が今掲げるのは、「地域医療に一つの解決策を示す」という目標だ。3年以内に道筋を付けると覚悟を決めている。この土地で四半世紀にわたって医師人生を賭してきたが、本当の正念場はこれからだ。
正月の書き初めでは、人の和を紡ぐという思いを込め、大筆で「紡」(つむぐ)と書いた
医療介護経営CBnewsマネジメント
【関連記事】