ソニーのテクノロジーで延ばせ、健康寿命!
効果「見える」予防でシニアをやる気に、AIの助言も
医療的な観点から見た健康リスクを測る手法と比べて、介護の観点からリスクを測る手法は十分に確立・浸透していない。ソニーネットワークコミュニケーションズ(東京都品川区)はIoT(モノとインターネットを結ぶ技術)やAI(人工知能)などの技術を活用してこうした課題に向き合い、介護事業者や薬局などと共に健康寿命の延伸へ挑戦を続けている。同社が手掛けるサービス「FAIT」(ファイト/Fit With AI Trainer)が目指す社会の姿について、IoT事業部門事業推進部の廣部圭祐課長は「社会の支え手が不足する今、人の手をできるだけかけずに健康長寿を達成しなければ」と力を込める。
【関連記事】
「平均寿命と健康寿命の間の“不健康な期間”はおよそ12年間。これがどんどん延びてしまえば、本人も楽しくないし、財政も破綻してしまいます。これをテクノロジーの力でどうにかできないかと考えました」―。廣部課長が話す目標に向かって進んできたFAITの開発。
このサービスでは、利用者の体力や認知機能を数値で測り、AIが利用者個々に応じた介護予防や認知症予防のトレーニングメニューを提供する過程を繰り返すことで、健康状態の改善を促している。機能は大別して、▽タブレットとセンサーを設置した拠点(FAITステーション)での体力・認知機能の測定とスコア化▽腕時計型のバンド(FAITタグ)による歩数と睡眠時間、食事時間の記録▽体力・認知機能測定の結果に基づく、個別のトレーニングメニューのAIによる提供―の3種類だ。
■自分の「変化」を実感して有料老人ホームの入居者が自主的に運動を習慣に
FAITは、ソニーグループで展開する有料老人ホーム(有老)での実証実験を経て、要介護者を初めのターゲットとしてサービス提供を開始した。「健康寿命を延伸する」という目的に向け、まずは要介護の状態の高齢者のデータを収集する目的もあった。
FAITによる体力・認知機能の測定は、通信環境があればどこでも実施でき、10分ほどで終了する。測定は「筋力」「反応速度」「敏捷性」「協調性」「持久力」「認知機能」の6項目で行い、これを月に一度繰り返すことで、時系列での変化を利用者ごとに追う。このとき、AIが提案したトレーニングの効果を測り、さらにその結果に応じたトレーニングを利用者が持ち帰り、生活の中で繰り返す好循環が生まれる。
有老の入居者のように要介護状態にある高齢者は、軽い運動でも転倒リスクが大きいため、測定は座った状態で行うよう設計した。「介護事業者に、利用者が健康になることをサポートする役割が求められている中、トレーニングを安全で簡単に実施でき、そのデータを自動で取れることは、職員の負担軽減の面からも大きい」という考えがあった。
サービス導入による、具体的な利用者の状態改善例では、測定スコアのうち「反応速度」と「協調性」の項目のスコアが低い利用者に対して、適切なトレーニングを半年間継続させることで、測定スコアの向上が見られた。「反応速度」と「協調性」は転倒リスクに影響するといわれ、このスコアを向上させることで骨折による要介護度の悪化リスクの低下につながる。
一方で、想定と異なる結果が出たこともあった。「体力や認知機能が数値で表れ、自分の状態が分かることは、利用者にとって良いことだと考えていました。しかし実際には、自分で想定していた数値と比べてかなり悪い結果にショックを受け、利用者がトレーニングに参加するモチベーションが下がってしまうこともありました」という。
「それでも、今より健康な状態に近づくには、自分の状態を理解した上で対策を取っていかなければなりません」。こうした信念の下、FAITを導入した大手介護事業者のベネッセスタイルケア(東京都新宿区)と共に課題の解決策を考えた。
ヒントになったのは、人財育成に力を入れているベネッセスタイルケアの「人が関わり、 良いところを評価したり励ましたりすることで、前向きな行動を促していくといったノウハウ」。これを活用しながら入居者とFAITが示す運動効果や測定結果を共有することで、習慣的にトレーニングに取り組むようになった入居者が増えたという。トレーニングが習慣になれば、状態が改善している状況が数値に表れて、利用者のモチベーションが向上する好循環が生まれた。
技術を現場で価値のあるツールにするためのポイントを、廣部課長は「最後は人でした」と振り返る。
■薬局と地域住民の交流に広がり
有老でのデータ蓄積がある程度進むと、健康な状態の人に対するアプローチも始めた。かかりつけ薬局の推進や健康サポート機能の強化が図られる中、患者との継続的な関わりが求められる薬局でも導入が広がりつつある。
福島県いわき市の事例では、市と提携した薬局関連施設にFAITステーションを設置。イベント形式で住民の体力・認知機能測定を行い、さらに薬剤師や管理栄養士によるカウンセリングを実施することで、住民が予防の段階で薬局に健康相談にやって来るきっかけづくりに取り組んでいる。
同市の場合は、指定の薬局に測定に通う地域住民にFAITタグを無料で配布しているという。FAITタグを利用する場合は、体力・認知機能測定時にタブレットを介して利用者の歩数や睡眠時間などの生活記録をクラウドに吸い上げることができる。
クラウド化した住民のデータは匿名化して、市が管理。生活記録や要介護リスクの状況把握や分析などに使われる。薬局が主体となってFAITを導入した場合は、地域住民の生活データを薬局にいる専門職が知ることができるため、より多角的な視点から見た健康相談が可能になる。
■継続的な参加を促す仕組みは「実在する人と場」
介護予防を働き掛けるには、取り組みの継続性が鍵といえる。しかし、病気や要介護の状態にあるときと比べて、当人に差し迫った課題意識がないため困難も伴う。廣部課長は、利用者に自主的な参加を促す仕組みについて「アプリなどで完結せず、効果を測るためのリアルの場があり、顔を合わせて助言してくれる人がいることが重要」と語る。FAITタグには交通系ICカードや電子マネーの支払いなどに導入されている、ソニーの非接触ICカード技術(FeliCa)を採用してあり、買い物などができるなど生活に便利な機能を付与することでも継続性を高めている。
FAITは現在40施設が導入している。2018年12月からは、導入事業者側から見たデザインなどのユーザーインターフェイスの改善を経て、販売パートナーを通じた提供を開始した。システムが柔軟である分、多様な業態で導入することができ、住宅メーカーと組んだ若年層の健康維持に向けた働き掛けも計画している。ソニーネットワークコミュニケーションズでは、継続して販売パートナーを広く募っている。
さらに、新たな動きとして、病院が持つ医療データとFAITの日常・予防に関わるデータを相互に持ち寄り、分析する試みも始まっている。廣部課長は今後について、「データを組み合わせることで予防と予後を連続して治療効果を測るなど、これまでなかった可能性が広がるかもしれない」と展望している。
FAIT(ファイト)に関する詳細はこちら
医療介護経営CBnewsマネジメント
【関連記事】