介護現場が活きるIT化にiPadが活躍
映画「フラガール」でも有名になったスパリゾートハワイアンズから車で5分ほど行くと、福島県で最も歴史のある介護老人保健施設「サンライフゆもと」(いわき市)がある。1987年の開設以降、増設を重ね、現在は老健(定員150人)のほか、グループホーム(同9人)や、通所や訪問でのリハビリテーションにも力を入れている。スタッフはおよそ100人で、医師2人、薬剤師1人、看護職17人、介護職51人(ケアマネジャー3人、支援相談員3人を含む)、栄養士2人、調理職員10人、理学療法士5人、作業療法士2人、言語聴覚士1人、事務職6人などが働く。この施設でスタッフの効率的な業務運営を支えるのが、FileMakerを用いたユーザーメードのデータベース・システムだ。現在は、クライアント端末としてMac21台(FileMaker 12)、iPad7台(FileMaker Go)と、FileMaker Server 12によるシステムを運用している。
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理学療法士(PT)らが所属するリハビリテーション科は残業ゼロ、ケアマネジャーは2人体制で入所者150人を担当しながらも日々の残業は多くて30分―。すべては、サンライフゆもとが自施設に特化する形でFileMakerで築き上げたデータベース・システムのおかげだという。ケアマネジャーの1人は、「手書きなんてとんでもない。そんなことをしたら、ケアマネジャーが今の2倍いないと…」と話す。
データベース・システムで電子化したのは、ケアマネジャー、リハビリテーション、支援相談、栄養、介護、看護、事務などで利用する計51種類の書類だ。施設利用者のデータはもちろん、居室表や主治医意見書、要介護認定予測、サービス担当者会議、支援相談援助記録、栄養カンファレンス、食数管理、ワクチン接種状況、検温表、面会者名簿、個人情報同意書、利用料金シミュレーションなどが、パソコンやiPadから利用できるようになっており、事務・ケアマネジャー・介護部門の複数の職員が、施設利用者の受け入れと同時に1つの書類を分割してデータベース上で作成することで、効率的な運営が可能になっている。その上、入力漏れや遅延がある場合には、医師、看護職、ケアマネジャーなどが一覧で確認できるため、お互いに声を掛け合うことで確実な帳票記録を実現できているという。さらに、入力されたデータはリアルタイムで反映され、居室表が自動で作成されるなどの工夫がなされている。
もはや職員にとって不可欠となっているこのデータベース・システムは、PTの斉藤隆氏がデータベースソフトFileMakerを利用して、1人で築き上げた。データベースに詳しかったわけではなく、96年から自分の行ったアセスメントを管理するために独学で自作し始めた。その後、2000年に介護保険制度が導入されると、それまで以上の書類作成と多職種での協働が求められるようになり、理事長の勧めもあって、施設全体でのシステムを徐々につくり始めた。
「初めはとにかく、ケースカンファレンスに大量の書類を持ち寄るのをなくしたかったのです」と、斉藤氏は開発のきっかけを語る。苦労してファイル数冊分の書類を持ってきても、なかなか欲しい情報が見つからないこともあったという。今では、ノートパソコンかiPadがあれば、利用者の顔写真や年齢といった基本情報、服薬している定時薬、各職種のスタッフからのアセスメント、面会記録などを、最新の状態ですぐに確認できる。
システム導入によるメリットについて、医師でもある箱崎秀樹理事長は、「利用者にどのようなサービスが提供されているのか見えやすくなりました」と話す。その結果、利用者の状態についてPTと介護職がICF(国際生活機能分類)で異なるアセスメントをしていれば、適切な評価を検討し、施設として統一したケアを提供できる。さらに、ケアマネジャー、リハビリ部門、介護職員が各現場でリアルタイム入力した報告を医師が読み、各利用者が本当に必要としている薬を吟味したり、医師同士で処方の方針を擦り合わせたりすることで、処方薬の削減につながっているという。
■最先端の端末が装備された職場で効率的に働くスタッフ
記者が訪問した際に驚いたのは、iPadを使いこなすリハビリ部門・介護職のスタッフたちである。斉藤氏によれば、「最新の入力デバイスが業務に取り入れられて、自分の提案した改善がシステムの中で動いている」というスタッフの満足感も、モチベーションにつながっているという。
iPadの導入メリットは、これだけではないという。データベースとiPadとの連携面で、ファイルメーカー社がアップル社の子会社ということもあり、FileMakerであれば非常にスムーズに行える。
価格面でも、iPadの端末価格はノートパソコンに比較して安価であり、iPadなどでデータベースを利用するためのFileMaker Go 12はライセンス費用が無料というメリットがある。このため、サンライフゆもとでは、単純な入力・検索作業や、会議でのデータ参照はiPadで運用していく方針だ。メーカー製の介護保険業務支援ソフトの導入費用であれば、イニシャルコストだけでも数百万円の見積もりを見てきた斉藤氏は、FileMakerのASLA(年間サイトライセンス利用)契約によって、非常に安価に導入・維持できており、3年ごとの介護報酬改定への柔軟な対応が可能と言う。
■介護報酬改定によるシステム変更も3日で対応
システムを導入し始めたころこそ、数種類の書類だけをデータベース化していたが、今は50種類超に対応している。果たして、これだけの複雑なシステムを職員は使いこなせるのか―。斉藤氏は、「現場で使われていない機能はありません。しかも、すべてマニュアルなしで使えています」と強調する。斉藤氏がシステムを築く際、特に気を使ったのがスタッフの使い勝手を大きく左右するユーザーインターフェースの利便性だ。目的の情報まで数クリックで到達できるように工夫しているほか、ボタンの配置といった細かい改善の要望でも一つ一つ対応してきた。そして機能の追加時には、(1)業務の観察・担当職員との面接(現状の把握)(2)職員の具体的ニーズを聴取(要求の把握)(3)暫定的改善プランを作成(システムによる解決方法の提示)―を繰り返すことで、現場に即した改善を行う。「初めて使用する職員でも、使いながら理解できています」と斉藤氏は話す。
このようなきめ細かなシステム改善を可能にしているのが、FileMakerだ。斉藤氏は、スタッフがシステムに合わせて業務を行うのではなく、業務に合わせてシステムの構築をしていくという理想を実現するには、ユーザーメードが最も効率的だとした上で、「ユーザーメードのカギとなるのがFileMakerです」と語る。その最大の理由として、「手作業をしているような直感的な操作は非常に好感が持てます」と強調。特に複雑な判定機能などを簡単に実装できる点を重宝しており、スタッフからの要望にも素早く柔軟に対応していると言う。
素早く柔軟な対応が生きてくるのは、スタッフからの要望対応だけではない。作成期限の迫っている書類や必要書類が未作成の場合に、画面の色を変えて警告することでケアレスミスを軽減させ、監査対策になっている。また、介護報酬が改定されるたびにシステム変更が必要になるが、厚生労働省が発表してから3日程度で対応している。新加算もすぐに取得できる態勢を整えられ、「早期の経営対策を行うことが可能」(箱崎理事長)となる。
■災害時には150人分の最新記録を30分で持ち出し
昨年の東日本大震災でサンライフゆもとは、幸いにも避難する必要がなかったが、福島第一原子力発電所に直線距離で50キロに位置しているため、避難命令に備えてすぐに準備を開始したという。災害で避難が必要になったとき、利用者の安全を確保するのはもちろんだが、分散避難が想定される入所者の適切なケアを行うに当たって、受け入れ施設への利用者データの引き継ぎは重要だ。サンライフゆもとでは30分で、入所者150人の情報申し送り書と連絡先を印刷した状態、もしくはiPadでセキュリティーを確保した状態で持ち出せるようになっている。
大震災では利用者データを持ち出すことはなかったが、避難してきた高齢者を受け入れた際に、斉藤氏は短時間でデータを持ち出せる必要性を実感した。避難してきた高齢者を、緊急連絡先、病名、定時薬の有無や生活情報など、一切分からない状態で受け入れざるを得ず、対応に苦慮したためだ。
災害時にまで配慮したシステムを築いているサンライフゆもと。箱崎理事長と斉藤氏は今後、施設内だけでアクセスできるようにしているデータベースに、訪問リハのスタッフが利用者宅からもiPadを使ってアクセスできるようにする考えだ。これにより、地域の利用者により適切なケアを提供していく。
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