CBnewsでは、医療経営の厳しい現状や国への要望を病院のトップから募り、緊急寄稿「病院危機」として随時配信している。第8弾は、板橋中央総合病院の加藤良太朗院⻑。
【IMSグループ医療法人社団明芳会板橋中央総合病院 加藤良太朗院⻑】
近年、病院経営の厳しさが広く語られています。人件費は人材不足を背景に増え続け、医療材料費は為替や国際市場の影響により数十%単位で上昇、エネルギー費も高止まりしています。加えて、診療報酬改定による収入増はわずか数%にとどまり、医師の働き方改革による勤務時間の制限も加わる中、この環境下で赤字に陥る病院が少なくないのも理解できます。
その背景には、わが国の医療費が4年連続で過去最高を更新し、2024年度も概算で48兆円に達した事実もあります。高齢化の進展と医療の高度化が主な要因ですが、財政的には「無い袖は振れない」状況であることも現実として認識しておく必要があります。
それでも、希望は確かに存在します。全国的に約3割の病院は黒字を維持しており、東京都の統計でも2割以上の病院は24年度も増収増益の見通しです。私たちのグループ内にも、厳しい環境下で黒字経営を実現している急性期病院はあります。その要因の1つは「選択と集中」です。診療科を戦略的に絞り込み、リソースを集中的に投下することで、少数精鋭の体制でも高い医療提供力を維持できるのです。これは1つのモデルケースとして示唆を与えますが、多くの総合病院では同じ方法が適用できるわけではありません。
当院も、同じ戦略だけでは対応が難しい総合病院の1つです。そこで注力したのは、診療科を縦割りで管理するのではなく、「横軸」でつなぐ仕組みです。中心的役割を担うのが総合内科や総合診療科です。臓器横断的な視点を持つこれらの診療科は、外科系と連携して術前・術後の全身管理を担い、外科医が専門性に集中できる環境を整えました。その結果、外科医一人当たりの手術件数や治療成績は向上し、病院全体の収益増にもつながりました。総合診療科は、まさに「専門性の高い診療科を支えるプラットフォーム」として機能しているのです。
しかし、病院経営の本質的な課題は「赤字か黒字か」という数字だけでは測れません。若い医療従事者が「この病院で働きたい」と思える環境をつくることこそが重要です。全国的に急性期病院で勤務する医療従事者は減少傾向にあり、当院でも10年前には600人で新年度をスタートしていた看護師数は年々減少し、今年度は450人以下でのスタートとなっています。さらに当院を支えている若手総合診療医の多くは、病院勤務医としてのキャリアゴールは描いておらず、むしろ在宅診療や地域医療など、自分の手で温かい診療を提供できる「農業的な職場」を希望しています。効率重視の病院での診療が、やや「工場的」にルールや手順中心になりつつある現状も、こうした傾向に影響していると考えられます。
こうした状況に対応するには、もはや病院単位の工夫だけでは十分ではありません。国全体での包括的な支援が不可欠です。保険診療の枠組みだけでなく、医療人材の育成、総合診療科の拡充、病院内で温かく質の高い診療を可能にする体制づくり、そして人材を惹きつけ育てやすい環境整備を支援する政策が求められます。医学教育から診療報酬体系までを一体として見直し、若い医療従事者が誇りと希望をもって働ける舞台を再構築することこそ、病院の健全経営を実現し、地域医療を守る最も確かな道です。
病院危機の本質は「財務」ではなく「人材」にあります。選択と集中や総合診療科の強化、さらに温かい診療を支える体制づくりといった病院の取り組みを後押しし、人材を育む制度を国が包括的に整えること。それこそが地域医療の未来を切り開く鍵であり、医療従事者一人ひとりが希望をもって歩める道であると、私は確信しています。
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