介護経営に関わるさまざまな課題を未来に向けて深く考察する「介護経営論考」。シンクタンク5社(日本総合研究所・NTTデータ経営研究所・野村総合研究所・みずほ総合研究所・三菱総合研究所)がリレー形式で毎週論ずる。
■株式会社三菱総合研究所
医療・介護DX本部 医療・介護政策コンサルティンググループ
(併任)政策・経済センター 政策研究グループ 主席研究員
前田 克実
日本の介護保険制度の創設から四半世紀が過ぎた。2000年4月の施行時、介護保険制度は、高齢化に伴う要介護高齢者の増加や介護が必要な期間の長期化、核家族化などの状況の変化に対応し、高齢者を社会全体で支える仕組みとして出発した。
制度導入の基本的な考え方には、「自立支援」と「利用者本位」、「社会保険方式」が掲げられた。制度発足時には、保険給付の仕組みを整えるだけでなく、地域で実際に利用できるサービス基盤を十分に整備できるかが大きな課題となっていた。介護保険は、それ以前から整備されてきた措置制度などによる公的な高齢者介護サービスを基礎に、利用者の選択と契約、多様な事業主体によるサービス提供を通じて、家族だけに委ねない介護サービスの利用を広く定着させてきたと言える。
この変化はデータからも読み取れる。厚生労働省老健局の「介護保険制度の概要」(2025年7月)によると、65歳以上の第1号被保険者は2000年4月末の約2,165万人から2024年4月末には約3,591万人へ、要介護(要支援)認定者は約218万人から約710万人へ増加した。介護保険サービスの月間利用者数は約149万人から約529万人へ増加し、約3.6倍となった=図=。
このように、あえて単純化すれば、制度創設期には増大する介護需要に応えるため、施設・事業所や人材、サービスの供給基盤を拡充することは大きな政策課題だった。
こうした成果は、介護保険制度はもとより、本稿の読者である介護保険サービスに携わる方々の努力の賜物であることは論を待たない。一方で、近年の介護現場や介護を取り巻く課題は、かえって複雑で、厳しいものになっている。それはなぜなのか。本連載を通じて、みなさんと議論していきたいと考えている。
「経営」や「ケア」の領域は、介護業界の読者からは釈迦に説法だろう。そこで私からは、「介護分野のマクロ環境」、「供給制約との向き合い方」そして「『外』から見た介護分野の真価」という三つのテーマを投げかけていきたい。
第一のテーマ「介護分野のマクロ環境」では、介護分野を取り巻く環境変化を改めて確認する。要介護認定率は年齢が上がるほど高まり、特に85歳以上で上昇していく。2025年7月に厚生労働省がまとめた「介護保険制度の概要」のデータでは85歳以上人口は2035年頃まで一貫して増えるとされ、医療と介護の複合ニーズが一層高まると整理されている。本連載では、この人口構造の変化を2050年以降まで視野に入れて読み解いていく。併せて、全国平均では見えにくい地域差、すなわち都市部を中心に2040年以降もサービス利用者数の増加が見込まれる地域と、既に利用者数がピークを迎え、人口減少の中でサービス提供体制の維持が課題となる地域の違いを扱う。
第二のテーマ「供給制約との向き合い方」では、介護現場や介護保険制度の課題の背景に共通する「供給制約」に着目する。供給制約とは、ここでは「介護需要があっても、事業所や職員、移動手段が不足し、サービスが提供できない」という課題を表す。第9期介護保険事業計画に基づく厚生労働省の推計では、2022年度に約215万人だった介護職員について、2040年度には約272万人が必要とされている。これは、個々の事業者が採用力を高めるだけで解ける問題ではないだろう。本連載では、配置基準や職種間の役割分担、介護分野の多様な経営主体の在り方、選ばれる・長く働き続けられる賃金・キャリア、そして介護テクノロジーの現実的な活用像を検討する。
第三のテーマ「『外』から見た介護分野の真価」では、あえて介護現場や介護保険制度の「外側」に目を向ける。これは、「介護保険分野の課題を、介護保険分野の力だけで解決できるのか」という私からの問いかけでもある。
まず、財政の側から介護保険を読み解く。一見、財政論は介護現場から遠く見えるかもしれないが、報酬改定や負担の見直し、給付範囲の議論を通じて、介護経営への影響は少なくない。また、介護給付費の財源は、原則として保険料と公費で構成され、これとは別に利用者負担がある。財政の議論は、介護分野の持続性を考えるうえで、介護現場・経営と切り離せない。
さらに、医療制度改革との接点を取り上げる。現実の利用者が医療も介護も同じ一人として利用するように、医療制度の変化が介護にもたらす変化も重要である。
2040年に向けた地域医療構想では、85歳以上人口の増加や人口減少を踏まえ、地域の住民が適切に医療・介護を受けながら生活し、必要に応じて入院して、日常生活に戻ることができる体制が目指されている。医療ニーズを抱える利用者への対応や急変時対応、看取りなどは、医療機関だけに委ねられるものではなく、介護事業者などとの役割分担、連携の在り方に深く関わる。
また、地域共生社会の文脈も重要である。介護事業者は、障害や生活困窮など複合的な課題をもつ介護利用者はもちろん、利用者家族や地域住民との接点も多い。介護事業者が単独で担うものではないものの、地域とどのような連携関係を築いていくかは、今後一層重要になるだろう。
これまでの四半世紀余り、介護保険サービスの普及と充実に大きく寄与してきた介護業界は、いま新たな転換点にある。複合的なニーズを持つ利用者が増え、支え手が少なくなる中で、財政的な持続性との両立も一層求められる「これからの四半世紀」に、介護経営はどうあるべきか。一緒に考えていきたい。
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