政権交代後初となった2010年4月の日本医師会会長選挙で、民主党とのパイプを強調した茨城県医師会長の原中勝征氏が、現職の唐澤祥人氏、京都府医師会長の森洋一氏らを破って当選し、新執行部による日医の運営が始まった。しかし、夏の参院選では、日医の政治団体である日本医師連盟が「推薦」または「支援」した候補が全員落選し、政治との距離の取り方の難しさが露呈した。内閣支持率が低迷する中、原中執行部は今後、どのようなスタンスで医療を取り巻く諸問題の解決に取り組んでいくのか―。10年の振り返りと11年の展望について、原中会長に聞いた。
―10年4月の日医会長選で初当選し、新執行部の8か月を振り返っていかがでしょうか。
今回の役員選挙は、従来の「キャビネット選挙」ではありませんでした。その結果、わたしの推薦する人たちが思った以上に当選せず、「ねじれ日医になった」「新執行部は数か月しか持たない」とまで言われました。しかし幸いなことに、そんなことは全くありませんでした。今になってみると、(4人の会長候補のうち)3人を応援した人がそれぞれ執行部に入ったことで、日本全国の医師を代表する医師会執行部とすることができ、喜ばしく思っています。
社会保障は、公金を使って行われることがほとんどなので、わたしたちの考えを実現するには政府との協議が不可欠です。そのため、執行部の一人ひとりが政府関係者ときちんと話し合える場を一生懸命つくってきました。今では、日医の思想や信念をはっきりと打ち出し、政権に対して、きちんとメッセージを伝えることができるようになってきたと思います。
―10年4月には診療報酬改定が行われました。
今回の報酬改定では、08年の前回に引き続き、勤務医の負担軽減に重点が置かれました。確かに勤務医の労働環境は厳しいものがあります。負担軽減の観点から言えば、医師の代わりに入退院時の説明をしたり、事務を手伝ったりする「医療クラーク」を大至急養成する必要があります。わたしたちとしても、これまでの医療秘書の教育に医療クラークの教育を加え、補助者として働いてもらえるよう検討を始めています。
そのほか、今回の改定では、(看護配置)15対1の病院の評価が相当下がりました。その前提に、「黒字だからもっと下げていい」ということがあったのだと思います。しかし実際に調べてみると、全国的に看護師が不足する中で、経営が非常に厳しいことが分かります。安い給料で雇って黒字を維持している可能性がある民間病院を除き、公的病院だけで改定の影響を比較すると、一番マイナスになったのは15対1の病院でした。これらの病院は、地域で救急医療も担っているのに職員の給料は下がり、さらに医師、看護師の確保も難しく、赤字が一番ひどくなっています。もちろん、診療所も全くプラスになっていません。
中央社会保険医療協議会(中医協)に出されるデータは、病院で働く看護師の給料がどれだけ安いかまでは検証していません。医療・介護に対する分析は、もっと厳密にやらないと間違いが起こるということです。
― 11年は診療・介護報酬の同時改定に向けて議論を進める1年になります。
先の参院選で「ねじれ国会」になったので、相当早くから議論をしないと間に合いません。日医では現在、医療、介護それぞれについて議論するチームをつくっています。いろいろな問題点をいち早く洗い出して、それを日医の意見として急いで集約していく予定です。10年の報酬改定で焦点となった病院と診療所の再診料統一のような誤りを繰り返さないよう、しっかりと意見を申し上げていきます。
―10年夏の参院選では、日医連が推薦・支援した3候補がいずれも落選する結果になりました。
現在、執行部の役員は国会議員と自由に話し合いができています。参院選の敗北で失ったものは何もありません。ただ、できることなら、わたしたちがもう少し組織力を強めて、きちんと国会議員を応援することができればいいとは思っています。
わたしたちは、政治団体でも利益団体でもありませんから、政治に対して神経を使う必要はないと思っています。国民のためにどうすべきかを政府に提言する立場であって、予算や仕事をもらうことを目的にした政治行動は行いません。あくまで専門集団として行動するつもりです。
―日医の提言・施策を実現するための政権政党への働き掛けはどのように行っていますか。
現場を無視した問題が起こるたびに、関係各所に説明に行っています。例えば療養病床削減の問題です。これからさらに高齢者が増えるという時に療養病床を減らせば、社会不安は増します。帰る場所もない人や、一人で生活をしている入院患者の移動先を政府が保障するのは困難でしょう。病院現場で何が起こっていて、患者をなぜ動かせないかを現場目線で一つ一つ説明しています。今では民主党の政調に話をしに行くか、厚生労働政務三役や官僚と直接話をすることが多くなっています。重要な場面では、わたしが首相や厚労相に話をします。政治的スタンスをよく問われますが、民主党だから、自民党だからということではなく、政策を決める権利があるのは政権政党です。だからこそ、政権政党に説明して理解をしてもらい、「悪いものは悪い」と認めてもらうことがわたしたちの仕事だと思います。
―内閣の支持率低迷が続く中、11年にはどのように政党と付き合いますか。
与党も野党も、それぞれが今の自分たちの立場に慣れていません。そして、どちらも国民を意識して人気を取れるような問題だけを取り上げ、日本が国際的にどういう状況に置かれているか、あるいは経済がどれだけ落ち込んでいるかといった問題が残念ながら議論されていません。与党の責任は重いと思いますが、与党も野党も、政治家として国民を幸せにするための議論をしてほしいと願っています。
日医にとって一番大切なテーマは、国民を守るための皆保険制度をいかに維持するかです。国民のためになることには大いに賛成しますが、近年は制度そのものを壊すような方向性が打ち出されつつあります。そういう時には、わたしたちは直接、「それは違う」と説明に行かないといけないという態度でいます。国民を守る医師団体になるという信念があれば、必ず政治家の方から「どうすればいい政策ができるか」と聞いてきます。そういう日医に今、変貌しつつあります。
―厚労省が10年9月に発表した必要医師数実態調査結果では、全国で約2万4000人の医師が不足していることが明らかになりました。
日医は、既存の医学部の定員増を一貫して主張しています。一つの医科大を新しくつくると、400人ほどの教員が必要になります。そのために地方の部長クラスの医師を引き抜けば、地域の医療崩壊はもっとひどくなります。現在の医学部の定員は、3年前から1200人増えています。このままのペースで定員を増やせば、日本の人口1000人当たり医師数は25年には2.8人を超え、G7の平均(1000人当たり2.9人)に近づくのです。
新しい医科大をつくった後に「(医師数が)足りているから廃校しろ」とは言えませんが、既存医学部の定員は多くなったら減らせばいいことです。必要医師数の調整は定員数でできるわけですから、新しい医科大をつくる必要はありません。
―医師の診療科・地域偏在はどのように解消していくべきでしょうか。
できれば、法律うんぬんは別として、ほとんどの医師が(都道府県)医師会に入会し、知事と医師会長で諸問題を解決する体制を取れればいいと思います。民主党は中央政権から地方への権限移譲を掲げています。医療保険制度の在り方も含め、都道府県単位で医療を考える時代が来るとわたしは思います。その中で、ドイツやフランスで行われているように、過疎地域に行った医師にポイントを与えて、将来、都市部で開業したい時には、ポイントを持っている人の開業を優先できるような方法が取れればいいのではないかと考えています。
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