介護療養病床の廃止決定から、来年の春で丸10年を迎える。この間、国の方針は二転三転し、病院経営の現場にも影を落としている。「現場が一番望んでいるのは、国が早く方針を決めること。そうしないと、経営戦略が立てられない」―。医療法人元気会が運営する横浜病院(横浜市)の北島明佳理事長はこう訴える。介護療養病床の“2度目”の廃止期限が迫る中、揺れ動く病院経営の現状を取材した。【敦賀陽平】
国が介護療養病床の廃止を初めて打ち出したのは、2006年の医療保険制度改革だった。期限は12年3月末。それまでの間、介護老人保健施設(転換型老健)などに移行させ、医療保険と介護保険の役割を明確化することが狙いだった。
「介護療養病床の廃止は、私の経営者としての出発点になっています」。北島理事長はこう話す。父親の後を継ぎ、北島理事長が2代目の理事長に就任したのは、まさに06年春のことだった。
当時、横浜病院は介護療養型を5病棟(276床)抱えていたが、08年に1病棟、09年に2病棟を医療療養型に転換。3年後の廃止期限までに、残る2病棟も医療療養型にする構想を描いていた。「まだ回復期にスポットは当たっていなかったし、地域包括ケア病棟もなかった。病院としては、医療療養に進むしかなかった」(北島理事長)。
転換老健、その先にある再編―療養病床クライシス2018(5)
国が介護療養病床の廃止を初めて打ち出したのは、2006年の医療保険制度改革だった。期限は12年3月末。それまでの間、介護老人保健施設(転換型老健)などに移行させ、医療保険と介護保険の役割を明確化することが狙いだった。
「介護療養病床の廃止は、私の経営者としての出発点になっています」。北島理事長はこう話す。父親の後を継ぎ、北島理事長が2代目の理事長に就任したのは、まさに06年春のことだった。
当時、横浜病院は介護療養型を5病棟(276床)抱えていたが、08年に1病棟、09年に2病棟を医療療養型に転換。3年後の廃止期限までに、残る2病棟も医療療養型にする構想を描いていた。「まだ回復期にスポットは当たっていなかったし、地域包括ケア病棟もなかった。病院としては、医療療養に進むしかなかった」(北島理事長)。
転換老健、その先にある再編―療養病床クライシス2018(5)
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