【株式会社メディチュア 代表取締役 渡辺優】
■病院経営の厳しさは人材確保に影を落とす
年始のCBnewsマネジメント連載「データで読み解く病院経営」216回目で述べたとおり、病院経営は極めて厳しい状況に直面している。患者の病期・疾患や病院の設立母体にかかわらず多くの病院が経営難に陥っているのが現状である。これは経営陣や医療従事者の資質や能力ではなく、制度的な欠陥が露呈したものと認識すべきだろう。
インフレにより固定費・変動費も増えている。労働集約型産業である病院では人材確保が重要であるものの、インバウンド客の増加などで活況の観光業などが魅力的な報酬を提示し、相対的に報酬の低い病院では人材確保が難しくなっている。人材確保のため報酬を引き上げればコストが重くなり経営難、報酬を上げなければ人材が取れず経営難と、まさに八方塞がりの状況である。
教科書的な経営改善策として「選択と集中」が挙げられる。人材確保がままならない環境であることを踏まえれば、収益性の良い事業(診療領域)への経営資源の集中を考えるべきだろう。しかし、病院は社会的インフラとして機能継続が求められ、不採算であっても撤退や縮小は許されないケースがよくある。特に周産期医療や救急医療はその代表例である。
■不採算であっても続けざるを得ない周産期医療
周産期医療は、想定以上の急速な出生数の低下に伴い、機能維持が困難になっている。働き方改革に伴う交代勤務体制を維持しつつ採算を取るには、最低でも年間300分娩が必要である(メディチュア調査)が、23年時点で、62の二次医療圏で出生数が300人未満になっている。そのうち分娩取扱施設が1施設もないのが15医療圏、1施設のみが32医療圏、2施設が15医療圏であった=グラフ1=。出生数の減少は、二次医療圏内で分娩できる場所が1施設もなくなる現実を突きつけられるとともに、300人未満でも機能維持をしているところが多くあることも分かる。
さらに二次医療圏出生数を細かく分けると、出生数が100人に満たないような二次医療圏において分娩取扱施設を維持していることが分かる=グラフ2=。平均すれば週1件か2件の分娩のために周産期チームを維持することは、まったく採算が取れない状況と考えて間違いないだろう。
こうした状況を前に、周産期医療を含む急性期医療においては機能集約化の動きが進んでいる。しかし、一方で、首長や住民は、そのような方向性を理解しておらず、「やめないで」「続けてほしい」と無責任な要望を伝えてくる。まさに、その要望を受け何とか機能維持している姿が、グラフ2に表れているのだろう。
本来は、国や自治体が住民理解を促すべきである。また首長は「周産期医療の維持」を政策・公約に掲げるのであれば、分娩取扱施設に対する財政的な支援もあわせて約束すべきだろう。そして、病院も非常に厳しい現実について、丁寧な情報発信が求められる。例えば、妊娠・分娩のリスク軽減のため、適切なタイミングでの健診受診や里帰り出産の時期の調整など、患者やその家族に協力を求めても良いだろう。このような地域とのコミュニケーションにおいて、病院広報の役割が大きな意味を持つだろう。
■救急医療における協力には地域の理解が必要不可欠
分娩と同様、救急医療はいつ患者が来院・搬送されてくるか分からない。ある程度の事態を想定し手厚い人員を配置している救急医療は、予定入院・予定手術の診療領域に比べ、効率性・採算性は悪いことが一般的である。加えて、高齢化に伴い救急搬送数が急増している。この影響で救急隊や医療従事者に大きな負担がかかっている。そのため、救急車の適正利用を促す意味も込めて、三重県松阪市や茨城県では、緊急性の低い救急搬送に対し選定療養費の徴収を開始した。24年12月から制度を開始した茨城県では25年3月の県議会で、制度開始後の24年12月・25年1月とその前年同時期における茨城および隣接県の救急搬送件数が報告された=グラフ3=。いずれの県においても前年同時期に比べ搬送件数は増加していた。ただし増減率で比較すると、茨城は隣接県に比べ低く抑えられていた。そのことから、選定療養費の徴収は適正な救急車利用に一定の効果があったと見てよいかもしれない。
このような取り組みだけでは、決して病院の赤字解消には至らないだろう。しかし、救急車の適正利用が進めば、医療従事者の心理的・肉体的負担軽減や、それによる離職防止などの効果が期待できる。
近年、このような救急車の適正利用だけでなく、紹介状持参の外来受診や、病態に応じた転退院調整など、患者・患者家族の適正な受療行動と医療制度に対する理解が、病院経営に与える影響として大きくなっている。例えば、24年度改定で新設された救急患者連携搬送料は、患者・患者家族の制度理解を前提としたスムーズな転院調整対応が求められる。このような取り組みの推進には、病院や行政から適切なメッセージ発信が重要であり、病院広報の役割が大きな意味を持つ。
■経営の難局を乗り越えるために必要な病院広報の力
これまでも病院広報の力を活用し、患者確保や従事者確保に努めてきた病院は多い。今後は、病院経営の厳しさを地域に理解してもらい、病院の努力や患者・患者家族が協力できる取り組みを伝えていく必要がある。
その理解が広がれば、適正受診の促進や健康意識の向上、さらに寄付・クラウドファンディングやボランティアへの協力などにつながることを期待している。渡辺優(わたなべ・まさる)
1977年生。2000年東北大工学部卒業、02年同大大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了。同年アクセンチュアに入社し、金融機関の業務改善などを担当。その後医療系コンサルティング会社に移り、急性期病院の経営改善に従事する。12年に株式会社メディチュアを設立。医療介護・健康関連の情報提供サービスやアプリケーション開発のほか、医療機関・健康保険組合向けのコンサルティングを手掛ける。CBnewsマネジメントの人気連載「データで読み解く病院経営」を執筆中。
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