【有限会社伊豆介護センター 稲葉雅之・代表取締役社長(日本在宅介護協会副会長)】
介護業界でも大規模の事業所の方が利益を出しやすく、職員の処遇改善もしやすいので、経営面でも人材確保の観点からも中小規模の事業所は不利な立場にあります。ただ、そうは言っても中小規模でもしっかり経営努力をしなければなりません。他の業界なら価格競争で大規模の事業者に負けますが、介護事業所は公定価格の介護報酬で経営が成り立っているので価格競争にさらされることはありません。
中小規模の事業所の良いところは、経営者の「思い」をサービスにダイレクトに反映しやすいことです。独自の取り組みや工夫を凝らしたり、何か光る特徴を出したり。つまり、やり方によっては中小事業所にも勝ち目は十分あるのです。価格競争がない分、ほかの業界に比べて経営しやすいはずなので、「中小事業所の経営者のみなさん、もっとがんばりましょう」と言いたいです。
AIやICTなどの活用でも同じことが言えます。財源が限られている中、社会保障だけにお金をかけるわけにはいかないので、AIなどを介護の現場に活用して生産性を上げていく必要があります。
■無料で使えるAIなど積極的に活用を
少し前では、介護の専門的なICTツールを導入したら費用がかかり、導入してから数年経つと古くなって買い替えなければならず、事業所側に大変なコスト負担が生じていました。しかし、今では無料で使えるAIやデジタルツールが出回っていたり、月当たり数千円で使えるツールもあったりします。無料の汎用ツールを使うだけでもかなりのことができます。例えば、無料のAIに「介護保険の書式に合ったケアプランを作って」と指示したら、簡単にできる可能性があります。「介護保険の書式に合った」という条件を設定している時点で、厚生労働省の書式を真似て作ってくれます。しかも、高額な介護保険ツールを購入し、毎月数万円払い続ける必要はないのです。
また、有効とされているケアマネによるケアプランを学習させたAIが作ったケアプランを無効にすることはできないはずです。もはや、「小規模で資金的に余裕がないからデジタル化を進められない」などと言っている状況ではありません。いろいろな方法を試すべきです。
ただ、事業所のトップが旗を振っても、現場の担当者から「慣れたやり方がある」などと言われ、デジタル化が進みにくいところもあるかもしれません。そうした声を全く聞き入れず、強引に推し進めるのは得策ではないので、現場の意見や状況を踏まえながら丁寧に進めていく必要があります。当社でも、事業所でのFAXの利用を禁止したり、メールやデータの共有はクラウド上で共有したりするなど、少しずつデジタル化を進めています。
■地方の空き施設に利用価値あり
日本は少子化が進み、多くの地域で小中学校の校舎が使われなく空いています。同じようなことが介護業界でもいずれ起こるでしょう。要介護者数のピークに合わせてつくってきた施設が余り、そこに入居する高齢者がいなくなるという状況です。これは大きな問題です。
しかし、入居者がいなくなった地方の介護施設の活用法はあると考えます。当社がある伊東地域は、都心からそれ程遠くなく、介護の担い手がいて施設が空きます。しかも施設の家賃は都心と比べて安く入居費も低く抑えられます。東京をはじめ都市部の要介護者は今後もしばらく増え続けます。気候が温暖で住みやすく、海の幸も豊富なので、むしろ付加価値を付けたサービスを展開できる余地もあります。競争が激しい都市部で勝負するよりも、静岡に限らず山梨や栃木、群馬など近隣県の方が、工夫次第で介護事業がうまくいく可能性があるのです。
わたしは現在、60歳過ぎですが健康でまだ経営の第一線でいるつもりです。伊東地域の介護の利用者層やニーズの変化に合わせて、地元で何か新しいサービスができないか考えています。当社は在宅支援の会社なので、既存の高齢者向け配食サービスを拡大して、地域住民向けの地元の魚介類を使った料理の宅配事業などをやれたらと思っています。【聞き手/構成・松村秀士】
【取材を終えて】
かつて商社マンだった稲葉氏は、1996年に訪問介護の会社を立ち上げるに当たり、伊豆地域の人口動態や出生率などを入念に調べ、将来を予測した。何年後に高齢者人口はこれぐらい増えて、介護ニーズがこういう風に伸びた後、この辺りでピークを迎えて減っていく一方、出生数のうち何割が成人になって地元に残り、いずれ介護が必要になるかというように。そして、この独自のシミュレーションを基にいろいろな計画を立てた。会社を設立してから今年でちょうど30年になるが、ほぼ当初の予測通りの状況だという。業績は介護保険が始まってから安定して増益を確保し、赤字に陥ったことはない。
稲葉氏はまた、社会保障審議会・介護給付費分科会のメンバーとして前回も含めて計3回の介護報酬改定の議論を経験したことがあり、介護報酬の仕組みや国の狙いも把握している。このような経営者の言葉には説得力があり、示唆に富む。
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