■ NTTデータ経営研究所
シニアコンサルタント
川北 篤史
■在宅介護DXは「記録時間」だけでは測れない
人材不足が深刻化する中、介護現場では、限られた人員でサービスの質を維持する手段として、DXへの期待が高まっている。その中で在宅介護のDXというと、介護ソフトや記録アプリの導入による記録時間の短縮が注目されがちだ。しかし、経営の観点から本当に見直すべきなのは、記録後に発生する確認、転記、照合、再連絡など、情報共有に伴うコストである。
施設系サービスと在宅系サービスでは、DXで重視すべき経営指標が異なる。
施設系では、利用者と職員が同じ建物におり、記録や申し送り、管理者の判断も施設内で完結しやすい傾向がある。そのため、記録や申し送りに要する時間、巡視回数、職員配置などを把握し、施設内のオペレーションをどう効率化するかが主な論点となる。
一方で訪問介護、訪問看護などの在宅系サービスや居宅介護支援では、ケアの現場が分散している。利用者は自宅や有料老人ホームなどの住まいで暮らし、訪問職員は利用者宅を移動しながら支援する。ケアマネジャーは複数の事業所と調整し、医療機関や家族も別々の場所から関わる。同じ1人の利用者を支えていても、情報は事業所、職種、法人、時間帯ごとに分断されやすいのである。
こうした違いから、在宅介護DXの効果は、「記録時間が何分短くなったか」だけでは測れない。記録後にも、責任者による確認、予定と実績の照合、ケアマネジャーへの共有、請求・加算の確認、計画の見直しが続く。入力が速くなっても、電話、FAX、転記、再確認が残れば、経営上の負担は十分に減らない。
ここでいう「情報共有コスト」とは、記録後に生じる確認、転記、照合、再連絡、書類の受け渡し、手戻りに費やす時間と人件費だ。下げるべきなのは情報共有そのものではなく、共有に伴う重複作業や手戻りのコストである。
■内部共有と外部共有を分けて捉える
情報共有には二つの層がある。第一は事業所内部の共有だ。管理者、ケアマネジャー、サービス提供責任者、訪問職員、看護職などが、利用者の状態変化、事故・ヒヤリハット、請求・加算の確認事項を共有する。この目的は、個々の職員の記憶に依存せず、利用者の状態、職員の負担、運営上のリスクを組織として把握することである。記録は証跡にとどまらず、次の判断の起点となる。こうした内部共有は、組織的な相談・連携体制を日常的に機能させる基盤にもなる。
第二は事業所外部との共有である。居宅介護支援事業所、訪問介護・訪問看護などのサービス事業所、医療機関、家族が、法人をまたいで情報のやり取りを行う。特に医療ニーズの高い利用者では、訪問看護、医療機関、ケアマネジャーの三者連携が要となる。訪問看護指示書や訪問看護計画書・報告書、状態変化時の連絡を正確かつ迅速に共有できるかが、利用者の安全とケアの質を左右するのだ。
ケアプランデータ連携システムは、この外部共有を見直す契機である。主な対象は、居宅介護支援事業所とサービス事業所などの間でやり取りするケアプランや予定・実績の情報だ。これにより異なる介護ソフト間でデータを連携し、再入力やFAX、郵送を減らことができる。しかし、その対象範囲からみて、医療機関との臨床情報共有を直接代替する仕組みにはなっていない。
2026年度の介護職員等処遇改善加算では、訪問・通所サービス等や訪問看護・居宅介護支援等において、同システムの利用が「令和8年度特例要件」の要件に実質的に位置付けられている。しかし、利用申請や初期設定だけで終われば、十分な経営効果は生まれない。外部との確認、転記、照合を実際に減らし、職員が本来業務に使える時間を増やすことが重要なのである。
■削減する接点と再設計する接点
ただし、効率化には注意も必要だ。紙の実績表を持参する運用は、事業所同士が顔を合わせ、利用者の近況や支援上の違和感、自事業所の空き状況や対応力を伝える機会にもなっていた。直行直帰を拡大すれば、不要な移動は減る一方で、職員同士の相談や管理者による職員のコンディション把握が弱まる恐れがありうる。
そこで在宅介護DXでは、「削減する接点」と「再設計する接点」を分けて考える必要がある。削減すべきは、転記、重複確認、単なる書類の受け渡し、不要な移動である。再設計すべきは、利用者の変化を拾う接点、職員同士の相談、医療機関や訪問看護との情報共有、管理者による状況把握である。月次の状態変化コメント、重点利用者の短時間レビュー、業務チャットの相談ルール、緊急時の電話基準などに置き換えることが考えられる。
経営者が見るべきは、システムを導入したかどうかではなく、記録後の確認、転記、調整がどれだけ減り、必要なコミュニケーションが維持されているかである。
そのため、まずは1カ月間、確認電話やFAX再送の件数、二重入力に要した時間、実績回収から請求確定までの日数、請求修正の件数を数えることから始めるべきである。削減対象を可視化することで、導入すべき仕組みと残すべき接点が見えてくる。
在宅介護DXの目的は、単にシステムを導入することではない。情報共有の在り方を見直し、必要な情報が必要な人に、必要なタイミングで届く仕組みをつくることである。情報共有コストを削減し、そこで生まれた時間を利用者への支援や多職種連携に振り向けて初めて、DXは経営改善につながるのだ。
介護経営に関わるさまざまな課題を未来に向けて深く考察する「介護経営論考」。シンクタンク5社(日本総合研究所・NTTデータ経営研究所・野村総合研究所・みずほ総合研究所・三菱総合研究所)がリレー形式で毎週論ずる。(次回配信は9月25日に野村総合研究所vol.2を予定)
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