在宅医のリアルな実態を探った
無理のない24時間体制を構築する工夫とは
患者側のニーズに応えるべく、多くの医師が足を踏み入れる在宅医療。国も、少子・高齢化に合わせて医療提供体制を再構築する中、診療報酬を手厚く配分し、こうした医師らを応援している。前回の記事では、報酬面などの事業としての魅力や、やりがいに焦点を当てたが、在宅医療を未経験の医師からは、「24時間365日体制で患者に対応していたら、身体が持たないのではないか」「患者宅に入り込んで十分な医療行為ができるか自信がない」などの不安の声も聞かれる。第2回では、在宅医療の現場で活躍している医師に実情を聞いた(全3回)。
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■夜間の往診、事前の準備で減少
「在宅医療を始める上で、医師がまず不安に思うのは、24時間体制についてだと思います」と話すのは、東京都文京区などで在宅医療を行う医療法人社団鉄祐会の武藤真祐理事長だ。「わたしが在宅医療を始めたころは、深夜でも電話がかかってきて、常に24時間の緊張が求められていました」と、開業当時の苦労を明かす。
一方で、2つのクリニックで500人前後の在宅患者を受け持つ今、看取りを除いた夜間の往診回数は、週に2、3回程度だという。武藤理事長は、患者の容体が夜間に急に悪化して、患者や家族が不安にならないように事前の準備をしておけば、夜間の緊急の往診回数は減っていくと説明する。
「定期的な往診の中で、今後の容体悪化を予測して点滴しておいたり、ご家族に注意を呼び掛けておいたりします。対面での診療以外にも、看護師が電話などで患者さんとのコミュニケーションを取るようにしています。それで、体調が優れないと分かれば、日中に臨時で往診して対応するようにしています。そうすれば、夜間の急な容体悪化によって不安になり、医師に電話をかけることが少なくなっていきます」
また、患者の電話が医師につながるまでにワンクッションを置く仕組みづくりも重要だという。「夜中にかかってくる電話の中には、病状の訴え以外に、例えば『あすの往診の時間を変えたい』などといった医師に直接連絡をしなくてもよい相談もあります。当院では夜間や休診日、専門の看護師スタッフが要件をお聞きする体制を敷いています」。
また、看護師がまず電話を受け、複数の医師が輪番制でオンコールを受け持てば、医師の負担を減らすことができる。患者の電話がいきなり当番の医師につながると、要件や症状を整理するのに時間がかかる。必ずしもすぐに正確にこれまでの経過を記憶した状態で応対できるとは限らない。そうすると患者側も、「自分のことをよく知らないのではないか」と感じかねない。そこで、まず看護師が患者から要件を聞いて、医師に伝えることで、医師は緊急対応に向けて患者のカルテを読み、経過を把握し、対応方針をイメージしてから患者・家族への対応ができる。こういった一つ一つが、患者の安心感の醸成につながる。
「病院に入院している患者さんは、ナースコールを押すとまず看護師につながりますよね。そして、看護師は必要がある場合に医師を呼びます。また、外来でも、医師が診察する前に、看護師がアナムネ(診察前の問診)を取ったり、患者さんに問診書を書いてもらったりしますね。同じ仕組みを、在宅医療の中に取り入れているのです」と武藤理事長は解説する。
■患者を満足させ、医師や看護師の負担を減らすためのICT
また、医薬品や診療器具、必要書類などを持って院外に出向き、院内に戻ってからカルテなどに入力することが非効率的で大変ではないかと考える医師も多い。武藤理事長は、ICT(Information and Communication Technology、 情報通信技術)を効果的に利用すれば、診療の質を保ちながら、負担を減らしていくことができると考えている。
例えば、それぞれの特定の患者宅に持って行く医薬品や処置器具、書類などは、システム上で管理し、診療所で共有する。そうすれば、診療所のスタッフが、移動用の車の中に準備しておくことができる。医師のほかにもこのような業務担当者を設けることで、確認作業の役割分担ができるという。
さらに日々の訪問ルートは、ICTシステムを使って最適ルートを組んでいる。多い日では、1クリニックで50-60訪問があるとなると、人の手で組み上げることは困難だ。「患者さんごとに希望する往診時間がありますし、車で移動するなら、周辺の駐車禁止の時間帯なども勘案する必要があります。移動時間や駐車の時間を短縮できれば、患者さんに向き合える時間が増えます」。移動中の車両位置も併せて表示することで、緊急往診依頼があった際にはどのドクターが駆け付けるのがよいのか、全体を俯瞰しながら院内で判断することができるという。ICTの利点を生かしたさまざまな工夫で、在宅医療をより円滑に正確に行うことを可能にしている。
次の訪問先に向かう移動時間も有効活用している。武藤理事長は診療を終えて車に乗り込むと、移動車中で診療記録を口述する。その音声情報は院内で、カルテ形式に合わせて文字化される。一日の診療が終わり、医師が診療所に戻ると、文字データ化された診療記録を確認し、必要に応じて加筆修正した上で電子カルテに転記する。こうした業務分担で、診療を終えた後にその日診療した十数人の患者の情報を一から入力するという医師の労力が大幅に減少できる。
「一人でできることには限界があります。医師は、患者さんの診療に最も時間を使うべきだと思っています。そのために、ICTを効果的に活用することが理想です。多職種でうまく分業し、医師が患者さんと向き合う時間を最大化することは、双方の希望とマッチします。ひいては医療の質・患者満足の向上につながります」と武藤理事長。ICTを活用した業務分担で、患者と接する時間だけでなく、医師の負担も軽減できる。「睡眠時間も増えました」と笑顔で話す。
■患者や訪問看護師を味方にする
「医療スタッフがたくさんいる医療機関の中が医師にとっての『ホーム』なら、患者とその家族しかいない患者宅は、いわば『アウェー』ではないのか」との声も聞く。東京都世田谷区の在宅患者を受け持つ桜新町アーバンクリニックの遠矢純一郎院長も、最初は患者宅での診療に難しさを感じたという。しかし、患者・家族らとの強固な協力体制ができれば、在宅医療の満足度が高まる上、緊急時の電話なども減ると指摘する。遠矢院長は、患者や家族の信頼を得る秘訣について、「医療の中身を患者さんの生活に合わせること」だと話す。
「例えば病院の外来診療などでは、うちの標榜時間は何時までだから、いつまでに予約をしてほしいと言えば、患者さんがそれに合わせます。一方、在宅では、『この日はデイサービスだから、先生が家に来てもいないよ』といった患者さんの生活に、医師が合わせるのです。スケジュールだけでなく、どうしてもある薬を飲みたくないと言われれば、その人に合った別の医療を考えます」
また、共に患者を支える訪問看護師やケアマネジャー、介護スタッフなどとは、お互いのプロフェッショナリズムを認め合うことで、いい関係性を築くことができると強調する。「病院では、医師が指揮者のような役割を果たすかもしれませんが、在宅医療では、看護師や介護スタッフの動きで、患者さんの生活が支えられています。上下関係ではなく、フラットな関係の役割分担です。連携がうまくいかない時、困るのは患者さんだということも忘れてはいけません」。
遠矢院長がフラットな関係性が重要だと気付いた背景には、それぞれの分野で活躍する看護師らとの出会いがあったという。「はっとするようなすごい人が、たくさんいます。視野がとても広いケアマネや、驚くほど質の高いケアを患者さん宅で実践する看護師です」。一方、経験が浅い人と連携する場合には、患者を一緒に支えられるレベルまで教育すべきだと訴える。
■重要なのは「仕組み化」する力
在宅医療を担う診療所を含め、100施設以上の開業を支援してきた医療経営コンサルタント会社「メディヴァ」(世田谷区)の大石佳能子代表取締役社長も、2人に賛同。特に、24時間体制を実現し続けるのに、「仕組み化」する力が重要だと指摘する。
「在宅医療を継続するためには、医師が1人で抱え込まず、周囲を巻き込んだり、既存のシステムを使ったりして、仕組みをつくる力が求められます。夜間帯の電話に応じる専門の看護師に任せたり、ICTを活用したりするのは、その好事例でしょう。仕組みは自然発生しません。意識して取り組み、無理のない体制を築いていくことで、過多な負担から解放されるのです」
また、多職種のフラットな関係も、診療所をうまく運営するのに不可欠だと強調する。「連携する相手がどんなことを望んでいて、どんなことをしたら困るのかを考えて、ほかの医療機関などと連携するのです。もし、それができず、評判が芳しくなくなれば、患者さんを紹介してもらえるかどうかにも影響しかねません」。
■在宅医療の先進性
患者の生活を支える在宅医療の可能性を武藤理事長は考えている。 「在宅医療では、患者さんの病状はもちろん、置かれた生活環境を含めた全体について医師が真剣に考え、『こういうふうにしましょう』『望まないなら、こういうのはどうですか』と、患者さんとのコミュニケーションを中心に医療を提供していきます。例えるなら、マラソンランナーのコーチ兼伴走者のごとく並走するのです。現在、外科的な領域は、技術的な観点だけで見れば、すべて機械が受け持つようになるかもしれません。一方、内科的な領域は、特定の病気に限った知識だけで見れば、インターネット検索などで、患者さんでもかなり詳しく調べられるようになってきています。このように単純な『技術』『知識』だけでは、医師の専門性が薄れていくと考えています。その先で医師に求められる重要な専門性の1つは、患者さんに寄り添う医療の形を実現していくことではないかと思うのです」
在宅医療が「医療の先進性」を持っている部分があるなら、病院で研修する形の医療とは、別の取り組み方が必要になるかもしれない。ただ、在宅医療のやり方を勉強しようと思っても、そうした機会が少ないと、武藤理事長は問題提起する。第3回では、医師が在宅医療を始める前に、自身の適性やノウハウを知る方法について、掘り下げる。
富士通が主催する「在宅医療ノウハウセミナー2013」では、武藤理事長や遠矢院長、大石社長らが講演する。 詳細はこちら(←ここをクリック)
特集・在宅医療(全3回)
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