プロに聞く、在宅医療の始め方
病院と違うスキル、どう習得?
診療報酬上での重点的な評価や、患者のニーズの高まりで、注目を集める在宅医療。これまでの2回の特集で、医師のやりがいや、負担などの実情にスポットを当ててきた。3回目は、在宅医療に興味を持った医師がまずすべきことを、現場で働く在宅医や、在宅医の開業を支援しているコンサルタントに聞く。
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■週1回でも経験を
東京都や神奈川県で在宅療養中の患者の診療を受け持つ医療法人社団プラタナスでは、在宅医療に興味を持つ医師の見学やアルバイトを積極的に受け入れている。同法人の桜新町アーバンクリニック(東京都世田谷区)の遠矢純一郎院長は、受け入れの理由をこう話す。「在宅医療を学ぶための場は、まだ充実しているとは言えない状況です。そのため、現場の在宅医がつくらなければならないと考えています」。
病院などで常勤していて、短時間しかアルバイトできない医師でも、条件が合えば雇用する。受け入れた医師の中には、勤務している病院の「研究日」を利用し、週に半日の勤務を申し出た人もいたという。もちろん、常勤の方が、より幅広く業務内容を経験させることができるが、在宅医療に興味を持った医師に、広く門戸を開くことに意味があると考えている。短時間の非常勤でも経験を積めるよう、常勤医師との連携体制の中で、患者の主治医を任せている。
在宅医療の経験を通じて、「在宅マインド」を感じ取ってもらいたいと、遠矢院長は話す。「一つの言葉で言い表すのが難しいのですが、在宅医療を続ける上で最も大切なのは、患者に寄り添い、地域のほかの医療・介護従事者と協力していくマインドです。やってみる中で、マインドを持っていることが分かった人には、ぜひ在宅医療を続けてもらいたいです」。実際に遠矢院長の下で働いた後、別の場所で開業した医師は少なくない。
■在宅医療の開業前には現場での経験が重要
「在宅マインド」を持っているかどうかを確かめることのほかにも、実際に働いてみることには重要な意味がある。文京区などで在宅医療に従事する医療法人社団鉄祐会の武藤真祐理事長は、在宅医療を始めようと思った病院勤務医が、在宅での現場経験を経ずに、在宅医として開業するのはリスクが高いと指摘する。病院と在宅とでは、医療やその環境が大きく異なる上、在宅医療の経験不足によるトラブルが、開業した診療所の運営に大きく影響しかねないからだ。
「在宅医療は、診療所だけでは行うことができません。訪問看護ステーションや病院、ケアマネジャーなどとのチームケアが重要であり、そのための信頼関係が不可欠です。こういった、在宅特有の環境一つとっても、大きな違いがあります。経験を一から積み重ねて学ぶこともできますが、どちらかと言えば、既に開業をしている在宅医と経験を共にしてから開業した方がベターと言えます」
武藤理事長は、病院勤務経験だけの医師が、在宅医療の現場で戸惑いかねない事例として、「検査」を挙げる。病院では、どちらかと言えば、検査を重んじる傾向がある。しかし、在宅療養中の患者がMRI(磁気共鳴画像診断装置)などの検査を受けるには、介護タクシーを手配したりして、近隣の病院まで移動する必要がある。もし、このような違いに配慮せず、検査を安易に指示してしまうと、患者にとっても、それを支える医療・介護従事者にとっても、負担となりかねない。
また、「患者の1週間後の容体を予測した診療」や、「訪問看護ステーションのスタッフなどとの円滑な連携」、「患者を介護する同居家族との信頼関係の構築」も、在宅医療に不可欠なスキルだが、病院の中ではあまり経験しないという。「こうした在宅医療ならではのスキルを認識し、在宅医療に携わる診療所などで経験を積むことが重要です」と武藤理事長は話す。
■「研修先」選ぶポイントは
では、開業も視野に入れて在宅医療の経験を積む「研修先」の医療機関を選ぶ際、どんな点に注意すべきだろうか。在宅医療に興味を持った医師らの開業を支援している医療経営コンサルタント会社メディヴァ(世田谷区)の大石佳能子代表取締役社長は、自宅療養中の患者と施設の入所患者の両方を、開業前に診療しておくよう勧める。「患者さんの療養の場がご自宅なのか、施設なのかで、在宅医療の内容はかなり変わります。在宅医療をメーンとして開業を考えているのであれば、両方とも体験しておいた方がいいでしょう」。
施設に住む患者の診療は、患者宅を回る場合と比べて移動時間が短縮でき、効率的と思われがちだ。しかし、実はトラブルが起こりやすい側面があると、大石社長は明かす。
「施設では、ご家族の代わりに職員が患者さんを介護しています。患者さんのご家族とお会いするのが難しかったりすることから、ご自宅に住む患者さんとはまた別の、特殊なコミュニケーションが要求されます。ほかにも、施設の環境は一見、病室のような印象ですが、患者さんにとっては、施設が自宅です。入院患者さんと同じように診療し、『診察時間が短い』『説明が不十分』といったクレームを受けることも、少なからずあるようです」
また、連携先への書類などの事務業務を効率的に行う体制を構築しているかどうかも、「研修先」を選ぶ重要なポイントの一つに挙げる。「在宅医療に熱心に取り組む診療所の中には、患者さんの診療を終えた後で、カルテや診療情報提供書を書いたり、訪問看護師に指示を出したりする仕事に取り掛からなければならず、毎日遅くまで帰れないという所もあります。一方で、ICT(情報通信技術)を使ったりして、うまく仕組みをつくり、医師の負担を軽減している診療所もあります。どうせ『研修』するなら、後者からの方が、うまい仕組みのつくり方を学べますし、在宅医療を続けようというモチベーションも高まるのではないでしょうか」。
在宅医療を経験する医療機関は、開業する地域でなくても、問題はあまりないという。「へき地と呼ばれるような場所では少し異なるかもしれませんが、基本的には、在宅医療に求められるスキルは共通していると思います。痛みのコントロールや、患者さんとのコミュニケーション、限られた医療資源のコーディネート、医師の負担を軽減する仕組みの構築などのスキルです」。
そうしたスキルを身に付けるため、開業前には、在宅医療を2-3年経験するのが望ましいという。経験を通して、在宅医療にやりがいを感じるかどうかも確かめるべきだと大石社長。「診療所の開業は、決断してから最短半年で実現できます。在宅医療を楽しいと感じる医師が開業する際は、ぜひ当社もサポートしたいです。開業後にはまず、連携する訪問看護ステーションや病院との関係づくりが待っていて、ここにも診療所の運営を成功させるためのポイントがあります」と話す。
在宅医療に焦点を当てた3回の特集で、病棟や外来と異なるやりがいや事業としての魅力、24時間365日体制の医師負担を軽減するための仕組みなどを取り上げてきた。実際の業務も、「研修」を通じて体験できることが分かった。人口構造の変化などで、在宅医療を求める患者の総数が今後も増えると予測される中、そうした要望に応える数の在宅医が確保されるかどうかには、引き続き注目が集まりそうだ。
富士通が主催する「在宅医療ノウハウセミナー2013」では、武藤理事長や遠矢院長、大石社長らが講演する。 詳細はこちら(←ここをクリック)
特集・在宅医療(全3回)
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