「瓦礫の向こうに物語や命がある」
黒田裕子氏を偲ぶ会、約650人が出席
黒田氏は、阪神大震災の当日から、「これから病院では抱え切れないほどの傷病者が発生する」と判断し、当時、副総婦長として勤務していた兵庫県の宝塚市立病院の近くにある体育館に救護所を設け、24時間体制で被災者の看護に当たった。その後、退職をし、被災...
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