今後の介護経営に必要な視点―経営力強化に向けた大規模化と協働化―
介護経営論考(1)-日本総合研究所編vol.1 オピニオン
介護経営に関わるさまざまな課題を未来に向けて深く考察する「介護経営論考」。シンクタンク5社(日本総合研究所・NTTデータ経営研究所・野村総合研究所・みずほ総合研究所・三菱総合研究所)がリレー形式で毎週論ずる。
■日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門高齢社会イノベーショングループ
シニアマネジャー 石田 遥太郎
介護保険制度の創設から25年以上が経過した。当初は多様な事業者の参入を促し、地域に介護サービス基盤を整備することが政策の大きな目的であった。しかし現在、介護業界を取り巻く環境は大きく変化している。高齢化の進展により介護需要は今後も拡大が見込まれる一方、慢性的な人材不足、人件費や物価の上昇、介護報酬改定への対応、介護テクノロジーなどへの投資、ガバナンス機能の強化など、事業者に求められる経営課題は年々高度化している。介護業界は今、「需要があるから成長できる市場」から、「需要はあってもサービス提供体制を維持することが難しい市場」へと移行しつつある。
実際、足元では介護事業者の倒産や休廃業が高水準で推移している。東京商工リサーチの調査によると、2025年の介護事業者の倒産は、176件(前年比2.3%増)で、2年連続で最多を更新した。特に小規模事業者の経営環境は厳しさを増しているが、その背景にあるのは需要不足ではない。利用者は存在し、地域には介護サービスが必要とされている。それにもかかわらず、職員を採用できない、管理者を確保できない、DX投資やバックオフィス機能を維持できない、後継者が見つからないといった理由から、事業継続が困難になっているのである。介護経営の本質的な課題は「需要不足」ではなく、「供給体制の維持」にある。
こうした状況を考える上で重要なのが、介護業界の産業構造である。介護分野では小規模事業者や単独法人が数多くを占める。地域密着型サービスという強みを持つ一方で、採用、研修、人事・労務、経理、総務、法務、ICT、BCP、感染症対応、行政対応など、現代の介護事業に求められる本部機能を単独で整備し続けることには限界がある。今後は現場力だけでなく、経営管理機能そのものが競争力を左右する時代になるだろう。
そのため、今後の再編を考える際には、「大規模化」と「協働化」の双方を視野に入れる必要がある。一定の規模を確保することには明確な意味がある。M&Aや事業承継を通じた規模拡大は、本部機能の強化、人材投資、DX投資、地域ドミナント形成などを可能にする有効な経営戦略であり、今後も重要性は変わらない。特に後継者不在や経営基盤の脆弱化に直面する事業者にとっては、第三者承継や統合は地域サービスを守るための現実的な選択肢となる。
一方で、すべての事業者が事業譲渡を選択できるわけではない。地域で長年培った信頼や理念を維持しながら経営を続けたい介護事業者も少なくない。そうした場合に有力な選択肢となるのが「協働化」である。ここでいう「協働化」とは、法人格や独立性を維持しながら、共通機能を共同で担う取り組みである。例えば、共同採用や合同説明会、共同研修、人材交流、外国人材受け入れ、共同購買、ICTシステムの共同導入、災害時の相互応援体制の構築などが挙げられる。重要なのは、所有を統合することではなく、機能を共有することで規模のメリットを得るという発想である。
近年では「社会福祉連携推進法人」や「複数事業者連携」もその一つの形として注目されている。人材確保や研修、災害対応、共同購入、経営支援などを共同で実施できる仕組みであり、合併か単独経営かという二者択一ではない「第三の選択肢」といえる。例えば、社会福祉連携推進法人リガーレは、5つの社会福祉法人がそれぞれの法人格や地域性を維持しながら、人材育成、人材確保、経営支援、ICT活用などを共同で推進している。グループ共通の研修体系やスーパーバイザーによる現場支援、共同採用活動などを展開することで、法人単独では確保が難しい経営資源を補完し合っている。統合による規模の拡大だけが選択肢ではなく、「独立性を保ちながら強みを持ち寄る」という協働モデルもまた、これからの介護経営における有力な選択肢となり得る。今後はこうした枠組みを活用しながら、地域全体で介護人材や経営資源を有効活用する取り組みが重要になるだろう。
もっとも、協働化や統合を成功させるためにはいくつかの条件がある。第一に、何のために連携するのかという目的を明確にすることだ。人材確保なのか、ノウハウの共有なのか、間接業務の効率化なのかによって、取るべき手段は異なる。第二に、意思決定のルールや費用負担、責任分担などのガバナンスを整備することである。第三に、法人文化や理念の違いを理解し、現場職員の納得感を得ながら進めることである。介護は人がサービスを提供する産業であり、制度や契約だけで連携が機能するわけではない。
介護業界の再編は、単にM&Aや協働化を進めること自体を目的とするものではない。本質は、限られた人材や経営資源の中で、地域に必要な介護サービスを将来にわたり維持することにある。
厚生労働省が進める「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方」の議論でも、85歳以上人口や認知症高齢者、独居高齢者の増加が見込まれる一方で、地域によって高齢化の進行度や人口減少の状況、介護需要の変化が大きく異なることが指摘されている。求められているのは、全国一律のサービス提供体制ではなく、それぞれの地域の実情に応じた持続可能な仕組みづくりである。
事業者によっては「大規模化」が最適解となり、別の事業者にとっては「協働化」が有効な選択肢となるだろう。重要なのは「大規模化か協働化か」という二者択一ではなく、地域の実情や経営課題に応じて最適な組み合わせを選択することであり、その先にこそ持続可能な介護サービス提供体制の構築があるのでないかと考える。
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