膨れ上がる社会保障費を背景に、持続可能な医療や介護の姿とは-。CBnewsは、日本医業経営コンサルタント協会とタッグを組み、医療や介護の未来像を探す連載寄稿「多事創論」をスタート。4回目は認定登録 医業経営コンサルタントの清澤智子氏。
病院の経営会議で議題に上るのは、診療の質だけではない。人材の採用と定着、電子カルテの更新、地域の医療機関との連携、そしてここ数年はAIをどう導入するかという判断。医師に求められる仕事は、白衣を着ている時間の外側へどんどん広がっている。その力をどこで身につけるのかという問いに、日本はまだ明確な答えを用意できていない。
■「社会に出てから学ぶ」構造
日本では、病院の管理者は原則として医師か歯科医師が務めると医療法に定められている。つまり病院という組織のトップに立つのは、ほぼ例外なく臨床医である。
一方、医師になるまでの道筋は臨床能力の育成に最適化されている。診療に従事しようとする医師は2年以上の臨床研修を受ける必要があり、標準的なルートは「国家試験、初期臨床研修、専門研修」。この流れは、質の高い医療を全国に行き渡らせるうえで確かに機能してきた。
ただ、その裏返しとして、経営や組織運営、データ活用といった領域は、医師になった後、現場を回しながら身につけることになり、学びの入口が、卒業後にしか開いていないのだ。
■米国では、医学部の中に「もう一つの学位」がある
比較のために米国を見ると、風景がかなり違う。医学部在学中に、公衆衛生(MPH)、経営(MBA)、法学(JD)、研究(PhD)を医学と組み合わせて学べる複合学位プログラムが用意されている。医師になる過程そのものに、臨床以外の専門性を積む選択肢が組み込まれている。
入口の多様性も大きい。米国医科大学協会(AAMC)の2023-24年のデータでは、医学部入学者の学部時代の専攻は生物科学が中心ではあるものの、社会科学、人文学、数学・統計、物理科学へと広がっている。医学を志す前に何を学んできたかが、一律ではない。
■公衆衛生大学院の「間口」の差
臨床外の学びを支えるもう一つの装置が、公衆衛生大学院だ。ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院は、学位プログラムごとに学歴・職務経験・志望目的などの要件を設け、応募者の背景を総合的に審査する。ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院のMPHは、原則として2年以上の健康関連の実務経験、または一定の上位学位を応募資格としている。英国のロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM)の公衆衛生修士課程も、所定の学歴・経験要件を満たす多様な背景の応募者を対象としている。
共通するのは、医師以外にも門戸が開かれていることだ。看護、政策、法学、経営、データ分析。さまざまな出自の人材が、公衆衛生という共通言語のもとに集まる設計になっている。
一方、日本の公衆衛生分野の専門職大学院は、26年度時点で6大学6専攻、入学定員は合わせて164人。制度としての受け皿はあるが、規模は決して大きくない。異分野の人材が医療へ入り、医療人材が外へ出ていく。その循環を担うには、まだ細い水路だと言わざるを得ない。
■人材が動かない産業は、強くならない
この差は、個人のキャリアの話にとどまらない。医療DXやAIの進展を受けて、医療関連の市場には異業種からの参入が相次いでいる。医療AI、創薬、医療機器、病院経営、政策立案。そのどれもが、医療の言葉とビジネスの言葉を両方話せる人材を必要としている。学生時代に研究や越境的な学びに触れる機会があるかどうかは、そのまま、産業全体がどれだけの人材層を持てるかにつながっていく。
人材が業界の内側に集まり交流機会が限られた産業は、外から入ってくる技術を使いこなす担い手を自前で育てことも難しい。
■強みを削らずに、選択肢を足す
誤解のないように言えば、日本の医学教育が臨床を重視してきたことは弱点ではない。むしろ世界に誇れる強みである。問題は、その強みと引き換えに、他の選択肢が細くなっていることにある。
この強みを残しながら強化する打ち手はいくつも考えられる。医学部教育や卒後教育における複合学位・学際的プログラムの整備、副専攻制度の充実、産学連携研究の拡大、公衆衛生大学院の定員拡充。さらに、すでに各地で進む地域連携の枠組みの中に、産業間の協働を組み込んでいくこと。
医療従事者が日常的に他産業と接する回路ができれば、医療と産業の相互理解は進む。それは結果として、持続可能な医療提供体制を支えるエコシステムになる。
医学生の学びの幅を早くから広げること。それは将来の病院経営人材を育てる話であると同時に、日本の医療関連産業の足腰を強くする、静かだが重要な政策課題である。
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会
医療・介護・福祉分野の経営支援を担う専門家「認定登録 医業経営コンサルタント」の養成、認定を行う。調査研究や研修、資格制度の運営を通じて医業経営コンサルタントの向上を図り、地域医療や社会保障の発展に貢献している。
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