膨れ上がる社会保障費を背景に、持続可能な医療や介護の姿とは-。CBnewsは、日本医業経営コンサルタント協会とタッグを組み、医療や介護の未来像を探す連載寄稿「多事創論」をスタート。6回目は認定登録 医業経営コンサルタントの岩崎竜也氏。
医療・介護業界において、給与水準のみを競う人材獲得競争には早晩限界が訪れる。高齢化により需要は右肩上がりである一方、担い手となる生産年齢人口は減少を続けている。診療報酬という公定価格の制約下にある医療機関にとって、賃上げの原資には物理的な限界があり、給与単体での差別化は極めて困難である。
今、私たちが経営資源として再定義すべきは、休日数や勤務シフトの柔軟性、そして良好な人間関係といった「働きやすさ」そのものの設計である。私が経営管理に携わる法人でも、この数年、こうした問題意識を背景に、働き方改革を組織変革の起爆剤として位置づけてきた。
きっかけは、極めて日常的な場だった。この法人では毎月、部署の垣根を越えて職員同士が交流する懇親会を開いている。ある時、1人の職員が理事長に対し、「賃金の改善もありがたいが、それ以上に休日を増やしてほしい」と率直に伝えたことが、すべての出発点となった。
当時、この法人の年間公休数は106日であった。経営陣としても休日数は検討課題の一つであったが、優先順位を判断しあぐねていた。しかし、現場から直接投げかけられたこの切実な声を受け、本格的な検討に着手した。翌年度には112日への引き上げを実現し、現在は120日への到達を目指して段階的な検討を続けている。
もっとも、休日増は単純な福利厚生の拡充ではない。経営層にとって、これは極めて高度な「リソース最適化」の決断である。休日が増えればシフトの空白が生じ、現場や管理職の業務負荷は直ちに増大する。そこで私たちは、各現場に個別ヒアリングを行い、部署ごとの繁忙状況を踏まえた複数パターンのシフトシミュレーションを重ねた。その上で、管理職一人一人に「なぜこの水準の休日が必要なのか」「この改革が組織にどのような利益をもたらすか」というロジックを、繰り返し説明して回った。
このプロセスで学んだのは、働き方改革は制度を変えれば完了するわけではないということである。休日数という一つの「数字」の変更を媒介として、部門を超えた意見交換を促し、現場の負担を可視化し、対話を尽くす。この一連のプロセス自体が、組織全体のコミュニケーション回路を再構築する「組織開発」そのものであった。
このような変化は、法人の内と外、両方に効いてくる。内部的には、「自分たちの声が経営に届き、実際に制度が動いた」という成功体験が、職員のエンゲージメントと定着率を向上させる。「言っても変わらない」という諦めは、組織の活力を静かに奪う。しかし、ボトムアップで組織を動かせた経験は、職員を当事者へと変貌させる。外部的には、休日数や柔軟な勤務形態は、求職者が比較検討の際に必ず注視する項目であり、そのまま採用力に直結する。
短期的には現場の負担が増える決断であっても、働きやすい環境は中長期的に職員の定着や組織力向上という形で、必ず経営に還元される。目先の負担と将来の魅力向上をてんびんにかけ、一歩を踏み出す決断力こそが、これからの医業経営に求められているのではないだろうか。制度や数値目標を掲げること自体は難しくない。しかし、その裏側にある現場の一人ひとりと向き合い、地道な対話を積み上げ、納得感を醸成する作業を怠らないこと。それこそが、時代を超えて持続可能な「選ばれる組織」をつくる最短の近道であると、私は確信している。
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会
医療・介護・福祉分野の経営支援を担う専門家「認定登録 医業経営コンサルタント」の養成、認定を行う。調査研究や研修、資格制度の運営を通じて医業経営コンサルタントの向上を図り、地域医療や社会保障の発展に貢献している。
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