【第158回】坂本すがさん(日本看護協会会長)
久常節子会長の任期満了に伴う日本看護協会(日看協)の会長選挙は、日看協の推薦委員会から推薦を受けた副会長の坂本すが氏が初当選を果たした。今回は、国立看護大学校長の田村やよひ氏も立候補し、1946年の日看協発足後初の選挙戦となった。坂本新会長は、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)の病棟婦長などを経て、2008年6月に日看協の副会長に就任。医療現場での経験が長いため、「現場主義」を強調している。(敦賀陽平)
久常節子会長の任期満了に伴う日本看護協会(日看協)の会長選挙は、日看協の推薦委員会から推薦を受けた副会長の坂本すが氏が初当選を果たした。今回は、国立看護大学校長の田村やよひ氏も立候補し、1946年の日看協発足後初の選挙戦となった。坂本新会長は、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)の病棟婦長などを経て、2008年6月に日看協の副会長に就任。医療現場での経験が長いため、「現場主義」を強調している。(敦賀陽平)
―日看協の歴史上初の選挙戦を終え、新会長に就任した今の気持ちをお聞かせください。
選挙戦で日看協が活性化したというか、候補者同士の考えを明確にして、それを会員にご理解いただく活動ができた。それ自体は非常によかったと思っています。過去と比較はできませんが、推薦委員会から推薦を受けた候補者として、他の候補者と意見を戦わせたことは、とても大きな意味がありました。
―久常前会長は、旧厚生省の看護課長を務めた経験から、政策提言に力を入れていました。坂本会長は就任後初の記者会見で、「現場主義」を強調しています。
「厚生労働省の課長に対し現場がいい」といった対立軸を持っているわけではありません。個人個人が培ってきた経験を生かすことで、いろんなことがやれると理解しています。わたしは看護管理者や助産師として現場で働いていた時に、いくら努力しても解決できない問題をたくさん見てきました。副会長を務めていた時も、常に現場のナースが困っていることは何かを考えてきた。その意味では、労働問題に力を入れた久常前会長が、現場と乖離していたとは思っていません。むしろ前会長の方針を継続することを基本に置いています。前会長は保健師でしたが、わたしは病院の現場でやってきたことを生かして、「現場力」というか、現場の声を大切にしていくつもりです。
昨年4月、新人看護職員の研修が努力義務化され、わたしが病院で取り組んできたことがようやく陽の目を見ました。国が動いてくれることによって、現場のナースたちがどれだけ安心して働けるか。病院で工夫してやれることもありますが、診療報酬などで国が手当てしてくれることで、現場は動きやすくなります。病院で解決できることに対して「こうしましょう、ああしましょう」というのではなく、制度として支援してほしいという考え方は前会長と同じなので、それを引き継ぐつもりです。
―任期中、どの分野に力を入れていくお考えでしょうか。
やはり、一番の問題は労働環境の整備です。専門職というのは、やりがいが大事だとわたしは考えています。勉強した知識や技術を生かし、それが現場でよい結果を招く。その繰り返しでキャリアが形成されるわけですが、いったん疲弊すると、仕事が嫌になるんですよね。その典型的なケースが、病院を辞めていったドクターたちです。看護職についても、3年以内に辞めていく方が非常に多い。それを何とかして、長く働くことができるような環境整備をしたい。厚労省の省内プロジェクトチームが看護職の労働環境に関する報告書をまとめていただいたので、それを現場に浸透させていきたいと思っています。
■特定看護師、「まずはエビデンスづくりを」
―先日の日看協の総会では、特定看護師(仮称)の法制化・制度化について、代議員の賛否は分かれていました。新会長として今後、この議論をどのように進めていきますか。
これからの医療を考えると、各専門職がそれぞれの業務範囲を拡大させて、多職種によるチーム医療でやらざるを得ないと思っています。そこには国民のニーズがある。だから特定看護師についても、その一環として考えています。すべてのナースの業務範囲を広げるのではなく、一定の数のナースがその役割を引き受けることはできるでしょう。10年先を考えると、看護職は役割拡大を引き受ける必要がある。もちろん、看護職間の業務分担も進めていかなければなりません。日本は医療職の役割分担が遅れている。チーム医療という形なのか、役割分担なのか。いずれにせよ、その方向に向かって議論するというスタンスです。
特定看護師の検討を進めている厚労省の「チーム医療推進会議」のワーキンググループ(WG)に何を求めるかというと、エビデンスづくりですね。調査試行事業や業務試行事業を行った上で、その結果について議論するというプロセスを繰り返してほしい。それがない限りは、「ああした方がいい、こうした方がいい」「それをやりたい、やりたくない」といった話になるし、他の専門職からの納得も得られないでしょう。みんなで話し合うための共通言語の一つが、エビデンスだと思っています。
―特定看護師は医師の包括的指示の下、特定の医行為を担いますが、この枠組みをどうとらえていますか。
特定看護師は、看護師の業務拡大ですから、新しい職種をつくるという議論ではないと思います。まず、包括的指示の中でやってみる。きちんとした教育を受けたナースがやってみた結果、どうであったかを検証することが重要です。いわゆる「ナースプラクティショナー」(NP)の議論に入るまでには、まだ時間がかかるでしょうし、別の枠組みだととらえています。厚労省の「チーム医療の推進に関する検討会」が昨年春にまとめた報告書では、NPについて慎重に検討することが盛り込まれましたが、その考えに賛成です。
―WGでは、一定の要件を満たした看護師を「特定看護師」として認証する方向で議論が進んでいます。新たな国家資格の創設ではなく、いわば国が認定する形ですが、日看協が認定する認定・専門看護師との役割分担は可能なのでしょうか。
可能だと思います。先日の総会で、「いろいろな資格ができると混乱する」というご意見がありましたが、わたしはむしろ多様性が大事だと思っています。1人の患者さんに対して、看護師が相互に補完し合うという考え方です。認定看護師と専門看護師が補完し合うことで、現場でいい結果が出ているんですね。というのも、両方のナースが入ったことによって、病院全体の質が上がった。だから、そこに特定看護師の議論が出てきても、「それを引き受けてみよう」という発想です。
患者さんに対して、ジェネラリストのナースだけでは大変です。例えば、がんの患者さんの場合、化学療法に精通したナースとがんに詳しいナースがいれば、互いに補完し合うことができる。こういった考え方であれば、看護師の中から特定の医行為をやる人が出てきてもよいのではないでしょうか。特定看護師が制度化されて、医師の包括的指示の中でナースが動けることになれば、患者さんの満足度も高まると思います。
今後は、リスク的な部分を最優先に考えなければならないでしょうね。「特定看護師がいたからよかった」という話ではなく、患者さんの安全性を教育で担保した上で、院内で医療安全について検証するシステムづくりが不可欠だと思います。また、一緒に働く仲間との関係性も考える必要があるでしょう。
■「連盟の活動は不可欠」、連携体制の構築が必要
―昨夏の参院選以降、日看協の政治団体である日本看護連盟との関係修復は平行線をたどっていますが、新会長として、これをどのように進めるお考えでしょうか。
わたしたちは政治活動を行うことができないので、政策推進について連盟と協議することが大切です。だから会員や看護職、そして国民のためという目的で一つになり、役割分担をしながら協働するというスタンスを考えていきたいと思っています。連盟とは参院選以降も協議を続けていますが、新たに話し合いを始めるつもりです。連盟の活動は日看協にとって欠かせません。互いをサポートし合う連携体制を構築するためにも、その役割を果たしてもらいたいと思っています。
■「5対1は慎重に」、看護職の争奪戦を懸念
―新会長は、中央社会保険医療協議会(中医協)の専門委員を3年間務めました。次回の診療報酬改定に向けて、どのような項目に力を入れていきますか。
わたしが委員として関与した昨年度の診療報酬改定では、「看護職員の厳しい勤務実態等を十分把握した上で、看護職員の配置や夜勤時間に関する要件の在り方を含め、看護職員の負担軽減及び処遇改善に係る措置等について、検討を行うこと」とする附帯意見を入れていただきました。看護職の勤務実態をきちんと調査した上で、その結果について中医協で協議すると。日看協としてはそれを必ず実現していただきたいし、わたし自身もその方向で活動していきたいと思っています。
―先日、厚労省に提出した要望書では「糖尿病チームケア加算」(仮称)や「生活機能維持チーム加算」(同)など、チーム医療への評価を強く求めています。
わたしたちもチームで動いているので、看護職だけに診療報酬を付けるという発想ではなく、チーム医療で結果が出ていることについては、積極的に評価を求めていくつもりです。ドクターとナース、管理栄養士といった多職種の協働のほか、地域で診療所と連携している訪問看護ステーションなどもあります。いずれも患者さんの高い満足度や治療効果が出ているので、そうした点も要望書の中に入れました。
―久常前会長は、入院患者5人に対する看護職1人の配置を評価する「5対1入院基本料」の検討を訴えていましたが、新会長はどのようにお考えですか。
安全で質の高い医療を提供するには、7対1でも十分とは考えていません。しかし、06年度の診療報酬改定で「7対1入院基本料」が導入された時のように、全国の医療機関で看護職員の確保の動きが起きては、患者さんのためにならないので、5対1の導入については慎重に考える必要があると思います。
単純に人員配置を行うという発想ではなく、もっと多角的に物事を考える必要があります。まずは、看護職の厳しい労働環境の実態を踏まえ、労働環境の整備を優先したいと考えています。
また、重症度の高い乳幼児を診なければならない小児病棟などでは、現行の配置基準よりさらに手厚い人員配置を実現している現場があることも、頭に入れなければなりません。
ナースの数には限りがあるので、いろんなことを複合的に考えなければならないでしょう。
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