海外では使用されているものの、国内では薬事承認されていない「未承認薬」や「適応外薬」の問題、いわゆるドラッグ・ラグ問題の解消は、治療選択肢が限られた患者や、その治療に当たる医療関係者らの願いだった。そして2010年、患者や医療関係者が国に求めた182件もの未承認薬や適応外薬の開発要望が、製薬企業によって実現する運びとなった。ドラッグ・ラグの解消に向けて、大きな一歩を踏み出した今年1年の動きを追った。
■契機となった新薬創出加算
今年5月21日、厚生労働省は製薬企業50社に対し、91件の未承認・適応外薬の開発を要請した。日本製薬工業協会(製薬協)の新会長に就任した長谷川閑史会長(武田薬品工業社長)は同日、就任後初の記者会見で、「引き受けたものについては、12年度の薬価制度の改革の議論が大詰めを迎える来年の秋くらいには、ある程度の実績を示す必要があると考えている。製薬協としても全体を調整し、後押しをする。そういった役割を担っていきたい」と、未承認・適応外薬の開発に向け強い意欲を見せた。この時、開発企業が見つかっていない未承認・適応外薬が17件あったが、長谷川会長は「中医協(中央社会保険医療協議会)の場で武田薬品の社長として、本当に必要なもので、どこも引き受け手がなければ、当社が責任を持って引き受けると申し上げたし、その気持ちは変わっていない」と強調した。
なぜ、製薬企業はこれほどまでに、未承認・適応外薬の開発に意欲的だったのか。その理由は、今年4月から試行的に導入された「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」という新制度に由来する。
製薬企業は新薬の創出のため、莫大な研究開発費を投入する。このため、競争力のある新薬で早期に研究開発費を回収しつつ、新薬の研究開発を行うというサイクルが必要だが、それまでの薬価改定ルールは市場実勢価格に基づき、2年ごとにほぼすべての医薬品の薬価が下がる仕組みとなっていた。これに対し、新たに導入された新制度は、ある一定の条件を満たせば、特許期間中の薬価が下がらない仕組みだ。
新制度は製薬企業が提案していた「薬価維持特例」をほぼ踏襲しており、まさに悲願の制度だった。しかし、厚労省は無条件で導入を認めたわけではなかった。製薬企業に対し、未承認・適応外薬の開発や上市を求め、中医協がその取り組みを監視。取り組みが不十分な場合は、次回改定で加算を受けられなくなる仕組みとした。さらに、新制度はあくまでも試行的な導入だったため、製薬企業全体として一定の成果を示さなければ、次回改定で制度そのものが取り消されることもあり得る。
■未承認・適応外薬の要望、約半分が開発へ
未承認・適応外薬の解消に懸ける患者や医療関係者の思いは強かった。厚労省は昨年6月から8月にかけて、患者団体や学会などから未承認・適応外薬の開発を公募。この時の公募条件は、▽未承認薬については米英独仏の欧米4か国のいずれかの国で承認されていること、適応外薬はこれら4か国で承認、または公的医療保険制度で適用されていること▽医療上の必要性(適応疾病が重篤であること、試験成績などから医療上の有用性が認められること)の基準を満たすこと―の2つだった。
その結果、未承認薬89件、適応外薬285件の計374件の開発要望が寄せられた。疾患別内訳は、精神・神経用薬が95件(18件、77件)で最も多く、以下は、抗がん剤78件(17件、61件)、消化器官用薬・解毒剤など49件(14件、35件)、抗菌薬46件(7件、39件)と続いた。また、小児適応関係は374件中84件(28件、56件)だった。
こうした開発要望について、「医療上の必要性」を評価し、製薬企業への開発要請に結び付ける役割を担ったのが、厚労省が今年2月に立ち上げた「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」(座長=堀田知光・国立病院機構名古屋医療センター院長)だった。同検討会議では、厚労省の開発要請に対し、該当企業から寄せられた開発工程表や承認申請データに関する見解などについて、臨床試験の一部、またはすべてを行わないまま承認申請をすることができる「公知申請」が可能かどうかの評価を行う役割も担っている。同検討会議が公知申請可能と判断した場合は、さらに薬事・食品衛生審議会(薬食審)が事前評価を行う流れだ。
企業は公知申請可能と判断された場合、国の要請から6か月以内(薬食審の事前評価から1か月以内)に申請する。また、公知申請にならない場合は、要請から12か月以内に臨床試験に着手することとされた。
同検討会議の「医療上の必要性」に関する評価を受け、製薬企業に対し最初の開発要請が行われたのは5月21日。この時は、評価を終えた139件のうち、医療上の必要性が高いとされた109件について、開発企業を公募した17件、開発要請を保留した1件を除く91件にかかわる製薬企業50社に対し、開発が要請された。
直近の11月10日の会合で、残りの医療上の必要性の評価はほぼ終了。結果的に「医療上の必要性が高い」と評価されたのは182件で、開発要望として寄せられた374件の半分程度だった。その後、このうち72件にかかわる製薬企業34社に、2回目の開発要請が12月13日に行われた。
現時点で、海外で承認を取得している企業の日本法人がない、日本での開発権を持つ企業がないなどの理由から、開発要請先が見つからず、開発企業の募集を行ったのは18件。このうち、13件については企業から開発の申し出があったものの、残る5件は公募を続けている。
また、厚労省が5月に開発要請を行った91件のうち、同検討会議で公知申請可能とされたのは21件。「既に開発に着手しているもの」は43件、「治験の実施等が必要と考えられるもの」は14件、「実施が必要な試験や公知申請の妥当性について検討中のもの」は13件だった。
■「公知申請」の段階で保険適用に
一方で、同検討会議と並行して、中医協でもドラッグ・ラグの解消に向けた検討が進められていた。それは、薬事承認前の医薬品に対し、保険適用を認めることはできないかというものだった。
これについては、同検討会議と薬食審で有効性・安全性が「公知」であることが確認された適応外薬について、薬事未承認の段階でも保険適用する案などを検討。同案は8月25日の中医協総会で了承され、5月に開発要請された91件のうち、公知申請が認められた適応外薬の開発要望21件が保険適用されている。
製薬協は、一般生活者とのコミュニケーションを目的に毎年実施している製薬協メッセージ「グッドコミュニケーション」の今年度のテーマを「未承認薬への取り組み~みんなのチカラで、未承認薬を、一日も早く。~」に決定。医療機関でのポスター掲示やメディアでの広告展開、ウェブサイトの開設などを通じて、未承認・適応外薬問題への製薬企業の取り組みを広くアピールしている。試行的導入との位置付けになっている「新薬創出・適応外薬等解消促進加算」の恒久化が業界の狙いだ。また、開発企業が見つからず、これを公募中の開発要望について、長谷川会長は11月18日の定例記者会見で、「製薬協としても未承認薬等開発支援センターと協力し、スポンサーが見つからない背景も含めて精査をして、どのような障害を取り除けば、より積極的に評価していただけるかを(来年)3月末までに詰めて、できればスポンサーを見つけたい」と、スポンサー探しをさらに強化していく考えを示している。
未承認・適応外薬問題の解消に向けて大きく動きだした2010年。しかし、これはあくまでも初めの一歩にすぎない。製薬企業には同問題の解消への取り組みとともに、「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」のメリットを最大限に生かし、革新的な新薬の国内での積極的な開発に一層力を注ぐことが求められている。
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