人材不足や物価の高騰、介護ニーズの多様化など、介護経営を取り巻く環境は年々厳しさを増している。新連載「介護経営のデザイン」では、介護事業所の経営者へのインタビューを通じて、現場で直面する課題やその解決策、経営のヒントを探る。初回は、介護老人保健施設(老健)「やすらぎ」(東京都江戸川区)を運営する医療法人社団実勝会の小川勝理事長。老健が直面している課題や今後経営者が重視すべき視点などを聞いた。【聞き手/構成・渕本稔】
■他施設では対応が難しいニーズにも応える
2025年度の介護事業経営概況調査では、老健の約半数が赤字という厳しい実態が明らかになりました。物価高や賃上げの影響が続く中、多くの老健は「稼働率向上」と「人材確保」という2つの課題に直面しています。
稼働率向上には、他施設では対応が難しい利用者ニーズに応えることが重要です。私が経営する「やすらぎ」では、重度の認知症がある人や身寄りのない高齢者、看取り対応が必要なケース、高額医薬品を使用する患者なども積極的に受け入れています。私自身も消化器外科医として認知症診療に取り組み、高額医薬品については代替薬を検討するなど、可能な限り受け入れを断らない体制を整えています。
利用者確保では、併設する訪問診療専門クリニックが重要な役割を担っています。訪問診療から老健への入所につなげるだけでなく、地域の方々との関りを深め、介護ニーズを細かく把握。病院とは患者紹介を通じた双方向の連携を築いています。
医師会を通じた情報連携も欠かせません。地域の医療・介護ニーズを知るきっかけとなり、利用者確保につながります。地域連携推進会議や地域包括支援センターでの講演などにも積極的に参加し、幅広いネットワーク作りを進めています。
一方で、利用者を囲い込まない姿勢も重要です。地域全体の医療・介護提供体制を維持するためにも、互いの弱みを補い合う連携が大切になります。
■現場目線に立った「人材確保」も
人材確保の面では、現場任せにせず、経営者も利用者対応に関わりながら働きやすい環境を作ることが重要です。例えば、重度の認知症患者を受け入れるだけ受け入れ、その後の対応を職員に押し付けてしまっては、現場はうまく回りません。適切な薬物治療でBPSDや転倒リスクを抑え、職員の負担を軽減することも重要ですし、声掛けやケアのポイントなどについても職員へ丁寧に指導しています。
地域との信頼関係を積み重ね、この10年間で離職した常勤の介護職員はわずかです。24年度介護報酬改定で1本化される以前の「介護職員等特定処遇改善加算」をはじめ、勤続10年以上の介護福祉士の配置を評価する各種加算は継続して取得してきました。また、訪問診療を通じて知り合った地域住民が介護助手として働いてくれることも少なくもありません。中には80歳代の方もいて、利用者へのお茶出しや室内の清掃などを手伝ってくれています。
人材確保と定着は経営基盤そのものです。職員との日々のコミュニケーションを大切にし、安心して働き続けられる職場作りに丁寧に取り組む必要があると考えています。
■在宅医療の充実は老健に追い風
今後は少子高齢化が進み、在宅医療では多職種連携がさらに充実していくでしょう。以前は老健を経由して在宅復帰していた人も、在宅で対応できるケースが増えています。サービス付き高齢者住宅を含む有料老人ホームでも医療・介護体制の充実が進み、老健の競合となっています。
だからこそ、老健はリハビリを通じて在宅復帰を支援する本来の役割を改めて明確にする必要があります。その上で、経営者が施設の理念や方向性を職員と共有し、自施設の強みを伸ばすことが重要です。
当施設では訪問診療を軸に地域密着型の経営を続け、長年培った地域との信頼関係や多様なネットワークが大きな強みとなっています。
将来の介護ニーズを正確に予測することは容易ではありませんが、自施設の強みと課題を職員と共有し、地域の中で独自性を発揮していくことが、これからの介護経営には求められると考えています。
【取材を終えて】
老健を取り巻く環境が大きく変化する中、「やすらぎ」の経営方針は明快だ。「地域密着」を徹底し、住民との信頼関係を築くとともに、医療・介護関係者との連携強化にも力を注ぐ。なかでも、小川理事長が訪問診療を通じて自ら地域に足を運ぶ姿勢は、利用者との関係作りはもちろん、人材確保の面でも大きな効果を生み出している。
利用者への治療やケア、職員教育などにも深く関わり、施設運営を支えている。自ら率先して動き、その姿勢を示し続けるからこそ、職員からの信頼も厚い。常勤介護職員の離職率が極めて低いことも、その成果を物語っている。
老健を含め介護経営が厳しくなる中にあっても、同施設が地道に築き上げてきた地域ネットワークと信頼関係は揺るがない。そうした積み重ねこそが、先行き不透明な時代の介護経営を支える確かな基盤になると感じた。
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