介護老人保健施設(老健)の約半数が赤字経営に陥る中、経営改善に向けて稼働率の向上を最重要課題に掲げる施設は少なくない。しかし、稼働率を高めるためには、現場職員が一丸となって利用者の受け入れを拡大していく必要がある。「介護経営のデザイン」第2回は、大阪府岸和田市の老健「大阪緑ヶ丘」を経営する小出純子管理医師に話を聞いた。職員一人ひとりと顔の見える関係を築きながら、「断らない」老健を実践する。その取り組みから、稼働率向上と経営安定化を実現するための要諦を探る。【聞き手/構成・渕本稔】
■職員の個性を生かす配置でモチベーションを向上
私は2019年から介護老人保健施設「大阪緑ヶ丘」の医師として勤務していましたが、本格的に経営に携わるようになったのは23年からです。当初は稼働率や利用者数の向上を目標に掲げ、職員にも協力を呼びかけました。しかし、「利用者が増えれば業務が忙しくなり、やりがいを感じにくくなるのではないか」という不安の声もあり、思うような成果にはつながりませんでした。
そこでまず、現場の業務を私自身で見直すことから始めました。日勤職員の配置や業務内容を15-30分単位で可視化し、一日の流れを分析。その結果、利用者の見守りや補水に多くの時間が充てられていることが分かりました。いずれも利用者の安全を守るために欠かせない仕事ですが、業務の組み立て方を工夫し意識を変えれば、職員一人ひとりの強みをより生かせると考えました。
例えば、レクリエーションが得意な職員には見守り時間の一部を活用して企画や運営を担当してもらい、利用者とのコミュニケーションが得意な職員には、その力を発揮できる場面を増やしました。また、食事介助や丁寧なケア技術に優れた職員もいます。それぞれの特性に応じた役割を担ってもらうなど、少しずつ配置も見直しました。
その際に大切にしたのは、業務改善を「無駄をなくす」という発想で伝えないことです。「仕事をしていないと思われている」と受け止められてしまえば、職員の理解は得られません。現場への敬意を忘れず、「皆さんの強みをもっと発揮できる環境を作りたい」という姿勢で対話を重ねながら改善を進めました。
こうした取り組みによって職員のモチベーションは徐々に向上し、急な入所依頼にも柔軟に対応できる体制が整っていきました。1年前には見守りカメラを導入し、転倒時の状況分析による再発防止に加え、夜間の見守り負担も軽減。業務の効率化と職場環境の改善が進み、難しいケースを含め「原則として断らない」受け入れ体制を実現しました。入所相談には原則その日のうちに回答することも徹底しています。
■職員全員と面談し、顔の見える関係を構築
私は介護経営の基盤は「人」にあると考えています。そのため、職員全員と顔の見える関係を築くことを何より重視しています。
毎週月曜日に朝15分程度のスタッフミーティングを行います。全職種が集まってのミーティングです。そこで、現場で現在起こっている問題点を挙げてもらいます。どんな細かい事でもスタッフみんなで共有し、考え、解決していくようにしています。少しずつの積み重ねがいずれ大きな自信や実績につながると考えているからです。また当施設では人事考課制度を導入し、年に一度、常勤職員と私自身が面談を行っています。仕事上の課題だけでなく、将来の目標にも耳を傾けます。
数値評価も大切ですが、それを目的にはしません。確かに数字を出したほうがわかりやすくスタッフに伝わる場合は、数字を提示しますが、それよりも日々の取り組みや成長の過程を大切にしています。こうした積み重ねが信頼関係を育み、風通しの良い職場作りにつながっています。その結果が、施設の安定した経営に繋がると考えます。
この半年ほどで、職員が友人や知人を紹介してくれるケースが増え、介護助手だけでなく看護師や介護福祉士も紹介を通じて入職しています。その結果、採用コストの削減にもつながっています。
私の祖父は、「強固な石垣は、大きな石だけでも、小さな石だけでも築けない」とよく話していました。大小さまざまな石が組み合わさることで、初めて丈夫な石垣になります。この言葉は介護施設の組織作りにも通じます。職員一人ひとりの個性や強みを生かし、苦手な部分を補い合うことで、チームとして最大の力を発揮できるのです。
■「ピラミッド型」の組織運営も必要
老健では、利用者を中心に多職種が連携する「ドーナツ型組織」が理想とされています。私もその考え方を大切にしていますが、施設の方向性を共有し、全員が同じ目標に向かうためには、一定のトップダウンによる意思決定も必要です。
経営方針を管理職から現場へ伝える一方、現場からの改善提案や意見を吸い上げる仕組みも欠かせません。トップダウンとボトムアップが循環する組織こそが、安定した経営と質の高い介護を支える基盤になると考えています。
人口構造の変化によって介護ニーズは変わりますが、老健が医療と在宅をつなぐ役割を担う重要性は変わりません。
当施設では、在宅復帰支援と在宅療養支援、そして「断らない受け入れ」を運営の柱に据えています。その実現を支えるのは、職員一人一人がやりがいを持って働ける職場作りです。職員一人ひとりの力を引き出す組織作りを積み重ねることが、利用者へのより良いケアと施設経営の安定にも結び付くと考えています。
【取材を終えて】
職員との「顔の見える関係作り」を重視する小出氏は、稼働率や利用者数といった数値目標の追求をいったん脇に置き、まずは職員一人ひとりの意欲を引き出すことに力を注いだ。その結果、職員のモチベーションは着実に向上し、企画提案や現場の業務改善に関する意見が活発に交わされる風土が育まれている。さらに、利用者や家族への対応力も大きく向上し、理想とする組織作りが着実に形になりつつある。
小出氏は取材中、「数字は後からついてくる」という言葉を繰り返していた。もし自分や家族が老健に入所するとしたら、職員が生き生きと働き、活気にあふれる施設を選びたいと思うのは自然なことである。稼働率向上のための施策を優先するのではなく、まず職員の思いや希望に耳を傾け、それぞれの個性や強みを生かせる職場環境を整える。こうした積み重ねが、結果として安定した施設運営を支えている。
介護ニーズが大きく変化する中、職員が同じ方向を向き、高い士気を持って力を発揮できる組織は、これからの老健経営の大きな強みになるに違いない。
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